森岡紘一朗(30=富士通)が3時間44分27秒で優勝し、北京、ロンドンに続く3大会連続の五輪代表入りを決めた。冷静なレース運びで、日本記録保持者の山崎勇喜(31)を終盤に逆転。日本陸連が定めた3時間45分2秒の派遣設定記録を突破し、8月の世界選手権銅メダルの谷井孝行(32)に続くリオデジャネイロ行き切符をつかんだ。特別な「膝」を生かした本来の美しい歩きを取り戻し、長い低迷期に終わりを告げた。

 森岡の膝はゆるい。生まれつき、関節が柔らかい反張膝。逆にも曲がることに、「親に感謝ですね」と胸を張る。身長184センチ、日本競歩界では随一の股下を誇るモデル体形の長い脚をすいっと伸ばし、大股で歩く。前脚は接地の瞬間から垂直の位置になるまでまっすぐ伸びていないといけない規則にあって、「無理やり伸ばす必要がない」無二の武器。競技歴13年で警告はわずか6回の美しい歩型を生む。この日、1周2キロの市街コースを25周しても、やはり乱れなかった。

 朝日連峰からの冷たい突風が吹きつけ、小雨も降った。悪条件にも「風も普段から幕張で練習してますから。海からの水しぶきも浴びて」。先頭を行く日本記録保持者の山崎との差が1分に開いても、冷静なペース判断で我慢。「自分の力を信じて」勝負の30キロ過ぎから差を詰める。41キロ手前でとらえ、一気に抜いた。あとは独歩。ゴール後には「この数年、何度もだめかと思った」と感極まった。

 13年世界選手権後から成績は下降。「いろいろ欲張ったひずみが出た」と昨年大会はけいれん、4月の日本選手権も脱水症状と棄権が続いた。今村コーチいわく「きまじめで手を抜けない」。寮の専用トレーニング場の器具を目にすると、動かずにはいられない。反張は膝のクッションがなく、接地の負荷を直接体に受けるデメリットがあり、その分、筋力強化が欠かせない事情も手伝った。

 3月に20キロの世界記録を作った後輩の鈴木の歩きをまねもした。自分は大股で、鈴木は小股の歩型にも関わらず。転機は同コーチに「周りは気にしないで、自己記録を狙おう」と諭された今夏。欲は捨て、独自性を再追求してきた。

 立たないと心配した親が、1歳半で病院に連れて行ってから約30年。日本でも有数の速く歩く男になった息子は、美しさを取り戻した。3度目の五輪へ。「まだ記録的にはメダルに及ばないですが、ぶれずにやりたい」。歩きも、心も、もう乱れない。【阿部健吾】

 ◆森岡紘一朗(もりおか・こういちろう)1985年(昭60)4月2日、長崎県生まれ。五輪は08年北京が20キロで16位、12年ロンドンが50キロで10位。世界選手権は05年から5大会連続で出場し、11年大邱大会の男子50キロ競歩で6位入賞。順大を卒業した08年に富士通入社。184センチ、69キロ。

 ◆男子50キロ競歩五輪代表選考 代表枠は最大3。日本陸連が定めた3時間45分2秒の派遣設定記録の突破者が選考会に指定された全日本高畠大会か来年4月の日本選手権で、日本人1位になれば自動的に代表になる。これ以外は選考会で日本人3位以内に入って参加標準記録に到達した選手から選考される。世界選手権銅メダルの谷井が既に代表に決まっていた。