昨季日本オープン選手権王者、小林正則(38=フリー)は最近酒が進むとこう言う。「マーボーのやつ、アジアを転戦している間に、どんどんたくましくなってくんだよ。ふとした時に、こいつ背中が頼もしいなんて思っちゃったし。正直かっこいい。なんかちょっとむかつく(笑い)」。

 マーボーとは、ツアー3年目の川村昌弘(21=マクロミル)のことだ。川村と小林はともに春先から、アジアツアーを転戦した。2カ月間、5カ国、8試合の遠征。海外志向が強く、アジアの試合に積極的に打って出る「チームバンコク」の主要構成員を自任する小林でも、連戦が続けば疲れてくる。しかも、治安や衛生面で問題がある国も少なくない。夕飯はホテルのルームサービスで済ませて、早めに休むか-。そう思った時に限って、携帯電話が鳴る。川村だ。

 「ネンジさん(小林)、外に出ましょうよ」。めったに来られない場所なんだから、地元の料理を食べないと。半ば強引に引っ張り出され、レストランに行ってみれば、確かに物珍しい上にうまい。食事が合わなかったり、海外暮らしのストレスを感じたりして、大半の日本人選手は遠征をすればやせて帰る。しかし今回の川村は、逆に一回り以上も身体が大きくなって帰ってきた。

 遠征中の数少ないオフは、遅寝して心も身体も休めたいところだが、川村は違う。インドでは早朝から乗用車を3時間飛ばして、タージマハルにも訪れた。インドネシアでは試合会場の近くに、東南アジアでも最古の歴史を誇るというゴルフコースがあると知り、練習ラウンド後に移動してもう1ラウンドした。

 アジア各国には日系大企業の現地法人もある。小岸キャディーのはからいで、世界をまたにかけて活躍をするビジネスマンたちと、会食をしてじっくり話を聞く機会も持った。文化に触れ、人に触れ、多くを吸収する。小林が「たくましくなっていく」と感じたのも、自然なことだろう。

 米ツアーではなく、欧州ツアーを志望するのも「同じ米国内で試合を続けるよりも、試合のたびに違う国に行く方が、自分には合っていると思う」からだと言う。多くの選手にはストレスになるが、川村にとっては刺激であり、活力源。9月にはスイスで行われる欧州ツアー戦、オメガ・ヨーロピアン・マスターズ出場も控える。今から楽しみだと、目を輝かせる。

 リスクがないわけではない。今回のアジア転戦の裏では国内開幕戦、東建ホームメイト杯など、国内ツアー4試合が行われていた。昨年のパナソニック・オープン優勝で2年シードを得て、当座は心配はないが、ツアー掛け持ちは賞金シード喪失の危機と背中合わせでもある。

 試合減少の危機にあるとはいえ、国内ツアーはアジアに比べれば高額賞金大会がそろう。移動も楽で、異文化の中で暮らすストレスもまったくない。多くの選手が、海外転戦に二の足を踏むのも無理はない。

 しかし川村は、あえて海外に踏み出す。アジア組の先輩、塚田好宣の「日本のシードなくしても、また最終予選会を通ればいい。お前ならそんなの簡単だ」という言葉も背中を押す。

 帰国後の川村に、久々に話を聞いた。

 川村 今回の遠征で確信しました。旅をしながら、ゴルフをする。これが自分の生きる道なんだと。

 語気に、言葉自体に、昨年にはなかった自信がみなぎっている。他のスポーツの取材も振り返って、あらためて思う。ステージは人を育てる。松山も石川も、米ツアーでの濃密な日々の中で、大きく成長している。2人とは違う道をたどる川村だが、プロゴルファーとしても人間としても、今後の大きな成長が見込める非常に楽しみな選手だ。