5年間の監督生活と胴上げを終えたロッテ井口資仁監督(47)は、帽子を少しだけ浅くかぶり、今季最終戦後の報道陣の代表取材に姿を見せた。

10月2日夜。ファンの前で目を赤くし、電撃的に退任を告げた。慰労の花束さえ見当たらなかったことが事の緊急性を物語った。最後は安田らから支えられ、本塁ベース上で6度宙に舞った。

「胴上げは、今回しっかりしていたので良かったと思います。デカいやつばかりなので、その辺はしっかりドラフトした成果が出たかなと思います」

笑っていた。退任発表直後とは思えない、キレキレのジョーク。よく分からないけれど、なんだか救われた気がした。ほんの数十分前を思えば-。

海風の球場、ZOZOマリン。生音を聞きたいから試合はいつも4階記者席で見ている。取材に備え、試合終盤には1階の室内記者室に降りる。でも、この日は監督のスピーチを屋外で聞きたかった。

1年を戦い終え、Bクラスに終わった井口監督の言葉に、集まったロッテファンはどう反応するのか。画面上やインターネット上では絶対に分からない、生の反応。この日、ロッテ関連で最も報じる価値がある事象と思った。速報記事の執筆より優先し、ネット裏でファンとともに聞いた。

あぜんとした。監督がスピーチを始める前からブーイングが聞こえる。ロッテファンが集う右翼席からのブーイングだったのは明白で、一部で誰かが大きく動いているアクションも視界に入った。

特定の事象に何を感じるかは個人の自由で、とりわけ2年連続2位を経ての5位ならば、懸命に応援するファンには不満も相当にあるだろう。井口監督も報道対応で「結果が出なかったことは本当に申し訳ない気持ちでいますし、ファンの人も歯がゆい気持ちではいたと思います」と否定的な思いも受け入れていた。

しかし。矢面に立とうとしていた人物の言葉を、ブーイングで阻害していいのか。話す中身を聞く必要もないほど、この5年間の歩みは完全悪なのか。

そもそも、なぜ応援席で「ブー」と大声を発しているのか。試合中にも、ネット裏4階記者席にまで声が届いた。右翼席から、明らかに録音されたものではない声援が聞こえる。

新しい観戦様式になり、3年目。新型コロナウイルスへの考え方も多様化している。しかしZOZOマリンではシーズン最終戦時点でも「大声での応援禁止」「接触がある応援禁止」「飛び跳ねるなどの応援禁止」と明文化し「応援ルール」としている。球場内でも多く掲示している。

選手や関係者たちは、時期によっては毎日のようにPCR検査を受け、ペナントレースを止めないよう努めてきた。ファンも声出し禁止のルールを順守し、手拍子や拍手で思いを届け続けた。日本一熱いとされるロッテファンが、そうしてきた。球場観戦のニューノーマルと皆知って、協力してきた。プロ野球観戦の文化をつなぎ、いつか元通りになるために。こうやって公然とルールが破られることで、立場が悪くなる運営責任者やスタッフだって間違いなくいるのだ。

右翼席にいた複数のロッテファンの証言を聞いた。ブーイングなどで騒いでいたのは、ごくごく一部の来場者たち。試合前から井口監督の名がアナウンスされるとブーイングし「試合中も警備員や周囲の注意も無視して声を出したり、マスクを外して叫んだり、無法地帯でした」との声があった。「一部のブーイングをかき消すために、大勢のファンが大きな拍手をしていた」との証言もあった。

井口監督は退任を言い出す前、7秒ほど沈黙した。その間もブーイングが響く。5年間、時には若手の結果が出ないことに悩み、なかなか寝付けなかった夜もあったという。正面から取り組んだ常勝軍団への道。思いの発信も続けてきた。言葉を拝借すれば「道半ば」で辞任するリーダーへの最後の決意に対し、敬意のかけらもないブーイング。スタンドには指揮官の家族も訪れていたと聞く。

最後の取材対応。口元こそマスクで隠れていたが、目力の強い井口監督の視線はいつになく温かかった。劇的に敗れた試合直後でも、冷静に言葉を紡いでいたのを思い出す。試合終了後に退場を宣告された試合では、私のしつこい質問に「もういいです」と話を打ち切ったものの、堂々と場に姿を見せた。おとこ気のある監督だった。

ベンチ裏で選手たちには再度、今季限りでの退任を報告した。1人1人と感謝を交わし合う輪は、日付が変わる間際まで途切れなかったという。【ロッテ担当=金子真仁】

22年10月2日、シーズン最終戦セレモニーで退任を発表し選手たちに胴上げされるロッテ井口監督
22年10月2日、シーズン最終戦セレモニーで退任を発表し選手たちに胴上げされるロッテ井口監督