村上頌樹はあの時、なぜ笑っていたのだろうか。ずっと気になっていた。
4月12日、東京ドームの巨人戦。1人も走者を出さないまま7回84球で降板した直後、右腕は三塁ベンチ内で人懐っこい笑みを仲間に向けていた。2年ぶりの1軍先発マウンド。偉業に挑戦できなかった事実よりも、快投できた安堵(あんど)感が上回ったのか。そんな想像を5月、満を持してぶつけてみた。「いや、実はあれ、違うんですよ…」。照れくさそうに返してくれた答えは想定外だった。
「まだ行けるという感じはあったし、もちろん行ってみたい気持ちもありましたよ。でもあの時は野手の皆さんが代わる代わる『えっ、本当に終わりなの?』と聞きに来て『終わりなんすよ~』みたいな会話をしていたところを、テレビカメラに抜かれたんです。『なんでなん?』『いやいや、仕方ないですよ~』という感じで」
要約すれば、村上の胸中を気遣って「続投した方がいいんじゃないか」と訴える野手陣を右腕が自らなだめていた、といった構図か。なんて器の大きな24歳なのだろうと、ちょっと驚いた。
どんな一流投手でも、完全試合にチャレンジできるタイミングはそう多くない。しかも今回はプロ野球史上初の「完全試合プロ初勝利」までかかっていた。「なんで交代やねん」と感情的になってしまってもおかしくなかった状況。そんな場面でもベンチの空気が悪くならないよう周囲を気遣える度量が、175センチの体に備わっているようだ。
この日、チームは1-0の8回裏に2番手石井大智が同点ソロを被弾。最後は10回表に勝ち越し、なんとか勝利をモノにした。試合終了直後、20年秋ドラフト同期でもある1学年先輩の石井と村上はこんな会話をしたのだという。
「ショウキ、本当にごめん…」
「いやいや、落ち込まんといてください! 次は僕が迷惑かけると思うので、よろしくお願いします!」
それは偽らざる本心だったそうだ。
「これから自分が先発していく上で、自分1人の力だけでは絶対に無理。リリーフの人に助けてもらわないといけないわけですから。それにあの日、1番しんどい場面で投げたのは大智さんなので。自分があの状況で『行け』と言われたら…。あそこでホームランを打たれた後、ズルズルいかずに抑えた大智さんは本当にすごいと思います」
最後は力説してクラブハウスに消えた若虎はその後、開幕からの連続無失点イニングを31まで伸ばし、60年ぶりにセ・リーグ記録に肩を並べた。
前回9日ヤクルト戦は7回1失点ながら今季初黒星を喫し、次回は豊橋で16日中日戦に先発する見込み。「今度こそショウキに白星を」と、またナインを高ぶらせてくれそうだ。【野球デスク=佐井陽介】




