何年前の話をするんだという感じではありますが…。オリックスからFAで加入した日本ハム山崎福也投手(31)の行動で、心に残っていることがある。
日大三高時代なので、17歳だったと思う。隣を歩きながら話を聞いていたら、山崎福が突然かがんだ。当時から背が高かったので、急に足元にうずくまってびっくりした。「どうしたの? 」と聞くと「ゴミが落ちてたので」と言って拾ったゴミをユニホームのポケットにしまい、何もなかったかのように話を続けた。
あまりにも自然だったので、普段からやっていたんだろう。そう指導されているにしても、なかなかできない。ちょっと感動して、これをずっと覚えている。
高3夏の引退後には、山崎福が後輩たちの試合をこっそり観戦に来た場面に出くわした。せっかくだからひと言いただけないかと話しかけたら「僕が余計なこと言わないほうがいいと思うんで…」とやんわり断られたので、見なかったことにした。すてきな気遣いだと思った。
私が初めて甲子園のスタンドで選手のご家族を取材したのが、10年センバツの山崎福のお母さんだった。他部署から異動してきた関係で、自分が甲子園入りした時には既に準々決勝くらいまで進んでいた。母路子さんはとっても優しかった。他の記者に何度も話したであろう脳腫瘍の話も、隣で試合を見ながら一から教えてくれた。決勝まで、すごくよくしてもらった。
そんなこんなで、山崎家に好印象を持っている。山崎福は、当時の日大三・小倉監督がそう呼んでいたことから記者間でも「山ちゃん」と言われていた。同じ東京の高校で同学年にDeNA山崎がいたので「三高の山ちゃん」「帝京の山ちゃん」で呼び分けていた。ファンの方々からは「サチヤ」「ヤスアキ」と下の名前で呼ばれることが多いと思うが、マウンドに立っているのを見ると今でも、心の中で「山ちゃん頑張れ~」と思っている。
【遊軍 鎌田良美】




