健在であれば、99歳になっていた。数え年でいえば「百寿」の祝いだった。11月20日は、福岡移転後のホークス常勝の礎を築いた故根本陸夫氏の誕生日だった。球界の寝業師と呼ばれた男は今も東京・ニコライ堂に静かに眠っている。

西武時代からドラフト戦略では世間をアッと驚かせ、チーム作りでも壮大な夢を描き現実のものとした。90年代に入ってサッカーのJリーグが誕生。パ・リーグの経営難はじわじわと表面化してきた。タクトを執ったダイエーも厳しい戦いが続いていたが、就任前からひそかに温めていたのは「ON対決」。長嶋巨人VS王ダイエーの着想は根本さんしか浮かばなかったろう。1年をかけて世界の王を口説いた。ダイエー念願の初優勝を見ることなく99年春に他界。翌00年には列島熱狂の世紀のON対決が実現した。

「こんなことは、球界の人たちが常に考えておかないといけない。何も考えてないもんな。これじゃ球界は発展せんよ」。ニタリと笑って王さんのホークス監督就任を喜んでいた。西武時代は充電中の長嶋さんにアタックしたこともあった。根本さんは誰より「ON」をリスペクトしていた。

「長嶋と王は、プロ野球界の宝。プロ野球で経済を名誉に変えたのは彼ら2人だけや」。独特の表現で2人を好評していた。「経済」とは年俸。「名誉」とは人間性を含めた野球人としての人格の意味。高年俸に走るのではなく、しっかりとした人格を備え、実績や人気におごることなく1人の人間としての品格も備えた希代の「ヒーロー」と言いたかったのだろう。

「昭和」は忘れ去られつつある。時代は平成、令和と移った。海の向こうでは、ドジャース大谷が2年連続のナ・リーグMVP。昭和の時代では想像もできなかった超ヒーローが誕生した。根本さんが生きていれば何と言っただろう。スーパーヒーロー大谷を大絶賛しつつ「新しい人はどんどん出てくるもんですわ」と眼光鋭くまたニタリと笑ったかもしれない。【ソフトバンク担当=佐竹英治】

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