野球が心のよりどころだった。米カリフォルニア州ロサンゼルス郊外で消防士として働くタイラー・ストリメルさん(33)のそばには、いつも野球があった。

消防士のタイラー・ストリメルさん(本人提供)
消防士のタイラー・ストリメルさん(本人提供)

「仕事場のテレビでよく、野球の試合がやっていた。誰かがケガをして救急車で運ばれたり、病気で亡くなったり、そういう悲しいことから気を和ませてくれる。仕事仲間と一緒に野球を見られるというのは、いつも楽しいこと。ストレスを忘れさせてくれるんだ」

そんな日々を、新型コロナウイルスが奪った。3月19日、カリフォルニア州で外出禁止令が出された。ほとんどが自宅ワークを強いられた中、救急救命士でもあるストリメルさんは「必要不可欠な仕事」として、救急患者を搬送する日々だった。

救急センターの電話がなり、準備にかかる。「患者の搬送中、どれだけリスクがあるか分からない。もちろん、マスクやガウンを着ていたけど、それが100%有効であるかといえば、科学的な根拠はなかった」。コロナウイルスに感染している患者かもしれないが、検査を受けるまでは不明。濃厚接触の可能性と常に隣り合わせだった。

患者の陽性が判明すると、仕事後に体の除染を行う義務がある。これまでとは環境が劇的に変わった。「怖いということはそんなになかったけど、簡単ではなかった」。恐怖心より、家族の安全が心配だった。3歳の娘と夫人の3人暮らし。夫人は2人目を妊娠中で、感染すれば重症化しやすい高いリスクを背負っていた。「心配はしている。元々、僕の仕事はけがをしたり、病気になったり、少なくともリスクのあること。妻は理解してくれている」と気丈に言った。

本格的なパンデミックが始まって数カ月。5月には米スポーツ専門局ESPNで、韓国プロ野球を見たこともあった。「選手を知らないし、見続けるのは難しかった」と苦笑いしながら、心の隙間を埋めようとした。子どもの頃からドジャースファンで、今季9度目の開幕投手を務める左腕カーショーが最も好きな選手。「祖母、弟、いとこ、家族と一緒に野球を見に行って、多くの思い出がある」。家族をつないでいたのも野球だった。

6月、MLBと選手会は労使交渉で折り合いがつかなかった。ストリメルさんは「金銭的なことが問題となっていたのは、残念だった」と話した。それでも野球のファンか。「もちろんだよ」と即答した。

7月下旬の開幕が決まり、シーズンを辞退するスター選手も続出。それでも「野球は、個人の選手の能力だけで左右されない。僕が好きなのはそういうところ。ベストプレーヤーがいたとしても、勝つには全員の力が必要なんだ」と魅力を力説した。日々リスクを背負い、受け止め、大好きな野球の開幕を待っている。【斎藤庸裕】