千葉ロッテマリーンズの応援歌はなぜ心に残るのか-。今季から担当記者となり、開幕してから1カ月半。知らず知らずのうちに、応援歌を口ずさみたくなるようになってきている。音楽評論家であり、マリーンズファンのスージー鈴木氏(57)による解説の最終回です。【取材・構成=星夏穂】

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ロッテ吉井理人監督(59)には音楽の感性がある。スージー鈴木氏はそう感じている。ラジオ番組『9の音粋』(BAYFM)で共演したときに見えた監督の人物像とは。

「音楽について詳しかったですね。1時間話しましたけど『家にグラブはないけど、ギターは5本ある』とおっしゃってました。その番組の中でもギターを披露されましたけど、すっごくうまかったです。ありがたいことに、私のテレビ番組を見たり、『9の音粋』も聞いてくださっているみたいなんです」

音楽好きの吉井監督は「聴く監督」という本も出版。選手の自主性を重んじる方針で、監督1年目の昨季はリーグ2位の成績を残した。

「初めて去年の開幕戦(ソフトバンク戦)をテレビで見ていて、少し不安だったんですよね。監督なのに、普通の野球好きのおじさんが野球を見てる感じで、ピンチには不安な顔をして。でも、あの普通のおじさんの感覚がいいんじゃないかなと思い始めて。選手の話もちゃんと聞くように思えて。かつ音楽好きという監督はいいんじゃないかなと思いますけどね」

24年4月、ベンチで笑顔で田村(左)に声をかける吉井監督
24年4月、ベンチで笑顔で田村(左)に声をかける吉井監督

吉井監督の音楽好きは箕島高校の頃から。象徴的なエピソードがあるという。

「83年に夏の甲子園に出た後、その秋の文化祭でバンドを組んでライブをしたらしい。『ちょすかーベイビーズ』というバンド名だったそうですよ。向こうの方言らしいんですけど。ビートルズと中森明菜とARBのコピーをしていたそうです。ギターもドラムもベースもやったと。そんな高校球児がいたのかと、驚きましたね」

若き頃の吉井少年は、野球だけに打ち込むことはなかったようだ。

「当時の野球部の監督に『ランニングしてこい』と言われて、その間に倉庫みたいなところに入ってバンドの練習をしてたみたいです。『監督も分かってたんちゃうか』とおっしゃってました。野球やるのに文化なんて必要ない。昔はもっとそう思われていて、高校球児なんて文化も趣味も捨てて野球漬けとかになっていたんです。でも文化的な感性を持つことは、今の時代にはいいことだと思うんですよ」

野球と音楽。音楽と野球。双方の感性が相通ずることは、実際にスージー鈴木氏にもよくあるそうだ。

「自分も音楽の原稿を書いていて、たまに野球の比喩とか使うんです。『このアルバムは、ストレートのような曲が続いた後に、ここで内角低めのスライダーみたいな曲が入る』とかいうと、野球ファンは分かるじゃないですか」

99年12月、収録に参加した、左から歌手の佐野元春、野茂、吉井
99年12月、収録に参加した、左から歌手の佐野元春、野茂、吉井

音楽の感性は指導者としてプラスになると考えている。

「野球だけじゃない文化的な素養があると、表現力も高まるし、指導の時も普通の監督とは違うメッセージを選手に発することができると思います。リズム感とか、メロディーとかコードとかって頭にあると。なのに今までの野球は、野球一筋の野球人しかいなかった」

これまでの名将も、さまざまな感性を持った人はいたが、音楽の感性を持ち合わせた指導者は非常に珍しいという。

「野村克也さんみたいに、めっちゃ本を読んでるとか、文学の世界はあるかもしれませんけど、あそこまで音楽的素養のある監督は多分、日本でも初めてだと思いますね。昔、王貞治さんがピアノを弾いただけでびっくりしたぐらいですから。吉井さんみたいにあそこまでギターがうまくて、佐野元春からもらったギターを、大事に弾いてますとかっていう監督がいるのがいいんじゃないですかね」  (この項おわり)

「応援歌とは、喜怒哀楽の爆発!」と記したスージー鈴木氏
「応援歌とは、喜怒哀楽の爆発!」と記したスージー鈴木氏

◆スージー鈴木(すーじー・すずき) 1966年(昭41)11月26日生まれ。大阪府東大阪市出身。早大在学中にFM東京「東京ラジカルミステリーナイト」の「AUプロジェクト」に参加し、「スージー鈴木」の名でラジオデビュー。98年11月創刊の「野球小僧」で野球音楽評論家としてデビュー。現在はラジオ番組BAYFM「9の音粋」にレギュラー出演するなど活躍の場を広げている。