日刊スポーツ記者による「センバツ 熱戦の舞台裏」の第3回は、米子松蔭(鳥取)の新里希夢(にいざと・のあ)投手(2年)。大会初日に登場した身長158センチのエースを紹介する。
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大会初日。米子松蔭の小さなトルネード・新里が甲子園に鮮烈なインパクトを残した。身長158センチ、体重56キロの体をひねり、臆せずストライクを投げ込んだ。強打の花巻東(岩手)に打ち込まれ、3回途中で降板。「悔しいです…」と唇をかんだ。
身長は今大会の登録640選手で最も低い。54年春に飯田長姫(長野)を優勝に導いた157センチの光沢毅は「小さな大エース」と呼ばれた。神戸商で活躍し、プロでも長く現役を続けた浜崎真二も150センチ台だったが、甲子園のエース格ではかなり珍しい。
父幸司さん(47)は166センチ、母幸恵さん(47)も149センチと小柄。4人きょうだいの2人目は幼少から体が小さかった。大会の開会式や運動会で整列すると埋没した。小2で野球を始めてから、両親は食卓に肉料理をたくさん並べ、アーモンド、小魚や牛乳に混ぜて飲むサプリを飲ませた。だが思うように伸びず、中学で身長は止まった。
両親が記憶する限り、新里は体格を気にするそぶりを見せたことがない。「内心は大きくなりたかったと思うけど、大きくないからこれはできない、とか言い訳は絶対言わなかったです」と幸恵さんは言う。
新里にとって「甲子園」は初めてではない。中2の秋、関西の硬式クラブ王者を決めるタイガースカップで主戦格として優勝投手になった。決して強豪ではなかったヤング湊クラブの初優勝に貢献した。甲子園で開催された初戦で、あこがれの土を踏んでいた。
レベルが高い同大会に出場した主力選手の大半は全国的な強豪校に進む。新里は優勝投手にもかかわらず、やはり体格がネックになった。進路の選択肢は広くなかったが、幸司さんは米子松蔭・塩塚尚人監督(33)の言葉が忘れられない。「育てますから。大きくないことを分かった上で、ほしいんです」。純粋な評価がうれしかった。
新里は昨秋の中国大会で背番号4の「エース」として3連続完投と大奮闘。33年ぶりのセンバツ出場に導いた。大舞台では最速更新の134キロを計測した。野球センスだけでなく、肉体の伸びしろも十分ある。
「どんな選手にも負けたくない。球速も制球もフォームも見直して、より打者の打ちにくい球を投げたい。自分が甲子園でプレーしている姿を見て、少しでも希望や何かを感じてくれたらうれしいです。もっと成長して、まだまだやれるところを見せたいです」。背番号1をまとった体をスッと伸ばした。【柏原誠】
◆新里希夢(にいざと・のあ)2008年(平20)8月15日生まれ、兵庫・神戸市出身。小2から妙法寺少年野球部で野球を始め、横尾中ではヤング湊クラブに所属。22年のタイガースカップでチームを初優勝に導く。米子松蔭では1年夏から背番号16でメンバー入り。昨秋の中国大会は2完封含む3完投。50メートル走6秒6、遠投100メートル。158センチ、56キロ。右投げ右打ち。





