タイトル-。この世界、誰もが目指す勲章である。タイトルは大きな自信になる。自信ほど選手に勇気を与えるものはない。積極的なプレーは自信から生まれるもの。自信は今後の野球人生の宝物であり、プロ野球界を生き抜いていくための財産でもある。

 目立たない存在だが、今、ウエスタン・リーグの盗塁王を目指して頑張っているのが、阪神・植田海内野手である。目下25盗塁はリーグトップ。すぐあとに昨年の盗塁王、ソフトバンク釜元がピタッと付けているのは驚異だが、優勝争い、タイトル争い、勝負どころでのスチール等々、大事を成し遂げるためにはプレッシャーはつきもの。逆にこういうときこそ、プレッシャーをはねのける精神力を身に付けるチャンスだと思ってほしい。ところが…。

 8月30日、1軍に昇格した。当日は代走で出場したが、9月2日の対中日22回戦では「2番・ショート」でプロ入り初の先発出場。初のスタメン出場でプロ入り初安打を放ち、一生の思い出となる立派なデビューを飾った。鳴尾浜球場で練習に練習を重ね、実戦で状況判断等々ゲームに必要なプレーを経験してつかんだチャンス。次はどこで自分の持ち味を発揮するか。足のスペシャリストとして己の足の力を1軍首脳陣の目にどう焼き付けるか。植田はいま、今後の野球人生を大きく左右する局面を迎えているといっても過言ではない。

 今季の植田を振り返ってみる。シーズン当初はまだ持ち味を発揮するまでには至っていなかった。5月の中頃だったと思う。このコーナーで取材したときには盗塁の成功数と失敗の数がともに6回で並んでいた。この数字を見る限りでは1年目の6個、2年目の12個と大差はないと思っていたが、以後、盗塁に目覚めた。成功が19で失敗はわずかの3。いかに盗塁術のレベルが上がったかがうかがえる。「盗塁はスタートが勝負だと思って、スタートばかり気にしていましたが、スタートは少々遅くれてもスライディングとか、ベースタッチの工夫で成功するのがわかりました」というのが現在トップを走っている証し。

 確かに特長を持った選手は強い。植田には「足」がある。チームとしてはどう育てていくか。どう育ってくるか注目しているところだろうが、果たして期待どおり足のスペシャリストとして成長するか。ここで現在若手の育成に目を光らせている今岡打撃兼野手総合コーチに植田の現状を聞いてみた。

 「現状ではどう育ってくるかですね。確かにバッティングに関してはまだまだですが、走ること。守ることでは成長しています。彼の場合極端に言えば、そんなに打てなくても守りと足で1軍に定着できる選手になれる人かもしれない。現在の大和がそうだったように。守って走ることでこの世界で通用する選手になれるタイプ。もちろん、これからもバッティングが伴った選手に育ってくれるように鍛えていきます」と見ている。やはり期待は“足”。

 植田「タイトルはとりたいです。各チームのマークが厳しくなるのは当然ですが、それをクリアしてマークされる中を走らないことにはタイトルはとれませんから」。

 持ち味を発揮するときがきた。そして冒頭に明記した球界を生き抜くための宝物、財産となる“自信”を得るのはタイトルもさることながら、やはり1軍体験に勝るものはないが、今、植田はどちらにも手の届くところにいる。貴重な体験ができる。残りは少ないが充実しシーズンだと思え。何事も貪欲に吸収して大きく成長するチャンスの到来なのだ。

 足のスペシャリストといえば、過去にこんな例がある。阪神OB・赤星憲広氏だ2000年だった。この年、シドニー五輪に出場する強化選手が、プロ野球各チームの春季キャンプに数人ずつ別れて参加した。その中での阪神のキャンプに赤星がいた。小柄だが足はめっぽう速い。阪神にこれだけの走力を持った選手はいない。策士だった当時の野村監督が目を付けたのがその足。同点もしくは僅少差のゲームの後半、勝負どころでの代走で起用する予定で指名したほど。入団した年のキャンプでバッティングが急成長。1年目から外野のレギュラーとして活躍。盗塁王と新人王のダブル受賞。足のスペシャリストは大変身する可能性を秘めているから面白い存在だ。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)