かつて甲子園を沸かせた大阪桐蔭出身の29歳、福森大翔(ひろと)さんの名前にピンとくる野球ファンも少なくないだろう。
オリックス森友哉の同期。13年春のセンバツ大会で4番打者を任され、同年夏の甲子園では2回戦・日川(山梨)の延長10回裏にサヨナラ打も放っている。
そんな強打者は今、10万人に1人の割合で発症する悪性腫瘍(希少がん)を患っている。3年半前から闘病生活を送っている。
26歳の秋、病魔に襲われた。大手ハウスメーカーに勤めていた頃、精密検査で胃と十二指腸に14センチと9センチの悪性腫瘍が見つかった。医師から「消化管間質腫瘍(SDHB)」、「遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群」という2つの希少がんだと宣告を受けた。肝臓の一部を摘出後、24年秋に転移したリンパ節の腫瘍を摘出した。
計3度の手術を受け、25年1月には錠剤タイプの抗がん剤治療も開始した。ただ、本人は「顕著な効果が見られていません」と明かす。肝臓に転移したがんは5つから8つに増えた。週に1度の通院に加え、サードオピニオンを受けられる病院にも足を運び、治療費はかさんでいる。
「見た感じは、健康体に見えると思うんですけど…」。治療で20キロほど体重が減少してなお、自らの足で通院する。吐き気や腹痛、あかぎれ、握力低下の副作用にも悩まされるが、治療は錠剤タイプの抗がん剤を選択。なるべく無理のない治療を継続したいという信念があるそうだ。
大阪桐蔭時代は1学年先輩たちがエース藤浪晋太郎(現マリナーズ傘下)を擁して甲子園春夏連覇を達成した。そんな母校は「野球以外も」学んだ場所なのだという。
「今も(森)友哉たちとは『暑苦しい友情』でつながっています」
福森さんはそう笑う。
入学直後、西谷浩一監督から金言を授かった。
「草むしりをしたら野球うまくなるで」
野球できる環境を当たり前だと思わず、徳を積め-。恩師の言葉を大切にしながら高校3年間を全うした。
「(1人1人が)足元を固めないと、(チームとして)束になってうまくはなれない。100本目の草を抜いていいことがなくても、101本目を拾えばいいことが起きるかも、と…」
1歩1歩、目標に向かって地道に泥くさく進む姿勢は今も変わらない。
福森さんは今年5月5日、高校先輩の今中康仁さんが代表取締役社長を務めるセンス・トラスト株式会社の後押しを受け、クラウドファンディングサイト(https://for-good.net/project/1001827)を立ち上げた。
「患者さんの希望になるような発信をしたい」
妻や両親に支えられている闘病生活を、今後も自身のインスタグラム(@hiroto_7729)でつづっていく。【中島麗】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)




