今回は「特別バージョン」として、ごくごく私的な話を書くことを、なにとぞ、ご容赦願います。

15日は長女の挙式披露宴でした。19年前、長女が7歳のときに母親、つまり私の妻が急逝、そこから父子家庭でやってきました。もちろん祖母を始め、周囲の協力があってのことです。

このコラム、今季ここまで雨天中止の日を含め、全試合で執筆させていただいています。しかし今回の東京ドームにはさすがに行けない。そんな必要があるのかどうかは分かりませんが矢野燿大監督に「今回は行かない」という断りを入れました。14日中日戦前のことです。

「えっ。それはおめでとうございます。でも、そうめでたくもないか。寂しいですよね。正直、おめでとうとか言われたくないかもしれませんね…」

同監督はそんな話をしました。彼も年頃の娘を持つ身です。父親の気持ちはよく分かるよう。「ホンマ、そうなんよね」と、なかなか言えない気持ちを明かしてしまいました。

「でも泣くでしょう。絶対。特に高原さんの場合は奥さんのこともあるし。思い切り泣いてきてください」。そう続ける同監督にこういうことを言いました。

「次に泣くときは阪神の優勝で感激の涙を流したかったんやけどね。星野さんのとき以来の。岡田(彰布)監督のときは勝つのに慣れてたし」。

この日、阪神は敵地での試合で首位巨人に闘志を出して向かっていきました。特に退団が決まっている鳥谷敬の適時打はしびれました。思わずガッツポーズをつくってしまった。しかし甘くありません。惜敗で今季の優勝は消えました。

思えば03年のこの日、9月15日は闘将・星野仙一率いる阪神が優勝を決めた記念日です。現役だった矢野監督は歓喜を全身で表しました。そして16年後、自身が指揮を執っての1年目はV逸に終わったのです。

矢野監督が言ったように結婚式では、晴れ渡った空の上で妻も喜んでいるように感じ、やはり、泣いてしまいました。現実は変えられません。それでも新たな日々は始まります。

今年は勝てなかった。でも来季は…。そんなかすかな希望を持って人は生きていくものです。簡単ではありません。いつになるのかも分かりません。それでも次に涙を流すのは「阪神優勝」のときにしたい。そう思って仕方がないのです。

巨人対阪神 3回、ベンチで厳しい表情を見せる阪神矢野監督(撮影・垰建太)
巨人対阪神 3回、ベンチで厳しい表情を見せる阪神矢野監督(撮影・垰建太)