「雨でグラウンドが気になったと言うよりは。球際が弱かったっス…」。CS突破の勝利後も北條史也の表情はさえなかった。阪神1点リードの7回裏、DeNAは1死満塁。ここで伊藤光の三ゴロを北條がはじいてしまう。体で前に落としたものの拾えず、同点に。なおも1死満塁だったが4番手ドリスがしのいだ。ベンチに戻った北條はそれでも懸命に声を出していた。

その様子を見ていて今季こんなことを思い出した。5月17日からの広島3連戦で3連敗を喫したときのこと。同一カード3連敗はそれが今季3度目。その時点で阪神は貯金をはきだし、5割に戻っている。チームのムードは当然、重くなる。週が明けて21日、ヤクルト戦前のミーティング。指揮官・矢野燿大はこんな話をしたという。

「みんなピンチを迎えたときにどう思う? ピンチはピンチやけど逆に考えればそこを乗り越えれば喜べる場面ということやろ? 自分らも喜べるし、ファンも喜んでくれる。つまりピンチこそチャンスなんや。そう思おうや」

自己啓発の本を愛読し、常に前向きな考え方を実践しようとしている矢野らしい話だ。現代っ子の選手に伝わるかどうかは別にして熱心に話した。

そしてヤクルト戦。接戦は阪神が1点リードのまま8回、2走者を置いて山田哲人、雄平の強打者を迎えた。マウンド上のジョンソンは同点、逆転される危機を迎えた。そのときベンチで声が聞こえた。

「チャンス。チャンス!」。矢野を始め、首脳陣が声の主をそっと見た。声を出していたのは糸井嘉男、そして北條の2人だった。ベテランらしく不敵に声を出す糸井とは別に、この試合、ベンチメンバーだった北條は必死に声を出していたという。そしてジョンソンは後続を切った。このカードは3連勝となった。

「ベンチにいてもあいつはいつも声を出してくれる」。矢野がそう話すのはこういうことがあったからかもしれない。

北條の守備に内野守備コーチの久慈照嘉は苦笑した。「みんなゲッツーと思ったよな。落ち着けば1つアウトにできるのに。言い訳はできない。ある意味で今季を象徴するような場面だった。でも勝てたし、これを次につなげてほしい」。そう挽回のチャンスは今年もまだ残っている。3位から日本一へ。ピンチはチャンス。阪神も。北條も。(敬称略)