ともに歴代最多の春夏甲子園通算68勝(35敗)、同38度出場を誇る智弁和歌山・高嶋仁監督(72)が勇退することが24日、分かった。後任は同校OBで元阪神、現在は同校のコーチを務めている中谷仁氏(39)が濃厚で、秋からは新監督としてチームを率いる方向。高嶋監督は名誉監督として、今後も教え子を見守るとみられるが、今夏の甲子園も出場した名将が一線を退く。

聖地で最多勝利を積み上げてきた智弁和歌山・高嶋監督が、今夏の100回大会を区切りに勇退することを決断した。

高校時代に2度夏の甲子園に出場した高嶋監督は、72年に智弁学園(奈良)の監督に就任し、77年にセンバツ4強。80年に智弁和歌山の監督に就任すると、94年センバツで初優勝。97年夏には現コーチの中谷氏や現興国(大阪)監督の喜多隆志氏(38)を擁して夏初V。00年夏の甲子園も制し、春夏3度の優勝を誇る。

歴代最多の甲子園通算68勝の勝利だけでなく、聖地を名勝負で彩ってきた。06年夏の準々決勝では帝京(東東京)と逆転に次ぐ逆転の試合を繰り広げ、サヨナラ勝ちで激戦を制した。強力な打線をつくり上げることが多く「強打の智弁和歌山」を全国にとどろかせてきた。

17年4月に中谷氏を常勤コーチとして招き、指導にあたってきたが、年を重ねても勝利への執念が衰えることはなかった。特に近年は「打倒大阪桐蔭」に燃えていた。今春のセンバツでは、決勝で大阪桐蔭と激突。準優勝に終わったが、終盤まで接戦を演じ、王者を苦しめた。

今夏も大阪桐蔭との再戦を望んでいたが、1回戦で近江(滋賀)に敗れた。今後は中谷コーチが監督として就任する模様で、高嶋氏は名誉監督となる見込み。40年近く務めてきた智弁和歌山野球部監督を教え子に託し、今後はまた異なる立場から同部をサポートしていく方向だ。

グラウンド上の勝敗だけでなく、人材育成にも情熱を注いできた。日本ハム西川遥輝ら、プロ野球に多くの選手を輩出。また、甲子園のベンチの前で仁王立ちする姿も有名だった。高校野球に、ファンに愛された名将が、後進にバトンを渡す。

<06年8月17日の帝京対智弁和歌山VTR>

両チームで7本塁打が飛び交う壮絶な打撃戦を、智弁和歌山が逆転サヨナラで制した。8-12で迎えた9回無死一、二塁から橋本の3ランで1点差。代打青石の適時打で同点とすると、最後は押し出し四球で決勝点を奪った。帝京は4点を追う9回に打者11人の猛攻で8点を挙げ逆転したが、投手陣が乱調でリードを守れなかった。

◆高嶋仁(たかしま・ひとし)1946年(昭21)5月30日、長崎県生まれ。海星(長崎)で外野手として夏の甲子園に2回出場。日体大卒業後、72年から智弁学園監督、80年から智弁和歌山監督。94年春に甲子園で初優勝し、その後97年、00年夏に全国制覇。主な教え子はヤクルト武内晋一、日本ハム西川遥輝ら。

◆中谷仁(なかたに・じん)1979年(昭54)5月5日、和歌山県生まれ。智弁和歌山では96年春に準V、97年夏に全国制覇。同年ドラフト1位で阪神入団。05年オフに楽天へ移籍。11年に戦力外となり、12年から巨人でプレーも同年に現役引退。通算111試合、28安打、4本塁打、17打点、打率1割6分2厘。17年春に智弁和歌山の専任コーチに就任。現役時代は183センチ、95キロ。ポジションは捕手で、右投げ右打ち。