離島から「VR野球」大革命!! 03年センバツ出場校の隠岐(島根)がVR(仮想現実)技術を活用した打撃トレーニングシステム「V-BALLER」(ブイ・ボーラー、NTTデータ社開発)を用いて甲子園出場を目指している。元ヤクルトで、デロイトトーマツコンサルティングでコンサルタントとして活躍する久古健太郎氏(36)らが、昨年6月からリモートなどで指導を重ねてきた。VR空間で投手の投球を体感でき、練習メニューにも入れている。記者の実体験も交えて近未来の野球の姿を紹介する。【取材・構成=酒井俊作】

 

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40歳を過ぎて「打席」でカーブを見るとは思わなかった。6月、都心のNTTデータ社を訪れた。会議室でヘッドマウントディスプレイを渡された。顔に装着すると、マウンドに立つ投手が視界に現れた。その場で構える。カーブに思わずのけぞった。本当にブレーキを効かせて迫りくる。手に機器だけを持ち、両腕で振った。手元に立方体が映る。中には赤い球が1球だけ入っている。「赤い球はボールがストライクゾーンに入った瞬間です」。振った軌道がバットマークで示され、斜め上から幾重にも映る。1本だけが、立方体の手前で赤く光っていた。

担当者に言われた。「少し振り遅れています」。スイングの軌跡が分かり、球筋とのズレも一目瞭然。VR技術を生かした「V-BALLER」だ。最先端トレーニングに取り組む離島の高校がある。隠岐の渡部謙監督(34)は「雨の日に使うことが多い。形作りと実戦との『つなぎ』です」と明かす。室内練習場でマシン打撃前に行う。また、ティーとフリー打撃の間に挟んで、スイングの形を確認していた時期もあった。

画面で左右投手が投げるのは直球、スライダー、カーブ、チェンジアップの4球種。合計8コースをシミュレーションできる。頭、バット、腰の動きをセンサーでとらえて動作を解析する。昨年6月、部員9人が初めてVR野球に触れた。12月から今年3月まで定期的にデータ収集。元ヤクルト投手の久古氏、ヤクルト野手だった鵜久森淳志氏や今浪隆博氏から繰り返し、オンライン指導を受けた。

「打つときに頭の動きを抑える方がいい」

測定グラフに基づき、指導で出た指摘だ。VRで“悪癖”を消していく。3月には隠岐で対面指導を受け、渡部監督も意義を説いた。

「効果はあります。ミート率が上がったり、打撃フォームの改善に大きな役割を果たした。体験ではなく体感することが大事です」

導入前と比べて安打性の打球が増えた。データの数値では、9人中、8人に改善傾向がみられたという。

「島から甲子園」

室内練習場に大書されたスローガンだ。日本海に浮かぶ隠岐諸島にある。練習試合をするために船が欠かせない。鳥取・境港まで高速船で約1時間20分。4月から9月まで毎週末のように海を渡り、1泊して練習試合を重ねるが秋季大会後は、ほぼ実戦機会がないという。VR野球は不便な環境をサポートする役割を期待される。久古氏は言う。

「離島なので、本島にいる、能力の高い投手との実戦経験を積みにくい。VRで、その経験を補完できます。変化球の軌道など、VRで経験できるのはすごく大きなことです」

地方創生事業の一環でVR野球が始まった。もともと、野球が盛んな土地柄だが、中学卒業後、本土に渡る生徒も多い。隠岐も部員は3年生11人だけ。秋以降は休部の可能性もあるなか、渡部監督は前を向く。

「離島でも、いろんなことができます。いまの代は県大会ベスト4が大きな目標。勝たないと目線は上がりません。その先にある、甲子園を見据えています」

隠岐は21世紀枠で03年センバツに出場した。今夏の島根大会は7月16日、安来と初戦を迎える。仕掛け人の久古氏は「(VR野球の)可能性はすごく大きい。島でこういう取り組みをすることで、島の中で野球が活性化し、野球人口が増えてほしい」と願う。VR野球が、いつの日か、離島と甲子園をつなぐ「懸け橋」になる。近未来の野球の姿を見た気がした。

◆VR野球と地方創生 東京五輪・パラリンピックのホストタウン事業の一環として島根・隠岐郡海士町が、社会課題の解決に取り組むデロイトトーマツコンサルティング、NTTデータと連携してVR野球遠隔指導を行った。昨年6月の遠隔指導後、隠岐は夏の島根大会で4年ぶりに初戦突破した。野球人口が減少するなか、VR野球の可能性を効果検証した。