東京学館新潟の初戦突破はならなかった。春夏通じて初の甲子園は市和歌山に4-5の惜敗だった。3-5の9回裏に敵失絡みで1点を奪い、なお2死二、三塁。だが、あと1本が出ず。強豪相手にサヨナラ勝ちした新潟大会の準々決勝の日本文理戦、決勝の中越戦の再現はならなかった。17年日本文理以来の県勢初戦突破こそ逃したが、初の聖地で接戦を演じたナインは新潟の高校野球の「新時代」を切り開く力が備わっていることを示した。
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ミラクルの再現はならなかった。4-5と1点差に迫った9回裏2死二、三塁。この日2安打の佐藤明日葵左翼手(3年)が打席に入った。新潟大会で打率6割超えの1番打者に一打逆転サヨナラの予感。だが、3球目で捕邪飛に打ち取られた瞬間、東京学館新潟の夢は終わった。
最後まで諦めなかった。「県大会の決勝もそうだった。いけるとみんな思っていた」と捕手の八幡康生主将(3年)。ベンチの誰もが、序盤の4点差を追い上げ、9回裏に2点を奪って逆転サヨナラ勝ちした中越との新潟大会決勝をイメージしていた。
9回裏、先頭の5番鈴木健太、6番近藤颯斗(ともに3年)と、代打から途中出場していた2人の連打でベンチ全体が逆転を信じた。2死一、二塁から代打・芳賀敬太(3年)が三失を誘う間に二塁走者の鈴木が生還し1点差に迫るとボルテージは最高潮に達した。ただ、そこまでだった。望んだエンディングにはならなかった。
試合後、旅川佑介監督(41)は目を潤ませながら言った。「悔しいのひと言。前半もう少し積極的に私が采配できていれば。まさにうちの展開だと思ったが…」。1回表に1点を先制されたが、その裏2死一塁から4番遠藤蒼太一塁手(3年)が左中間に同点の適時二塁打。遠藤は6回にもチーム3得点目の中前適時打も放った。3回表に5安打を集められて4失点も、その後は0に抑えた。3番手で6回から登板した左腕エース涌井陽斗(3年)は4回を4安打無失点の好投で逆転への流れを作っていた。
遠藤は「悔いの残らないように思い切り振っていった。1打席目も甘い変化球をとらえることができた」。涌井も「市和歌山打線のスイングは速かったが力勝負なら負けない」と強気に内角を攻めた。主砲が打点を挙げ、エースが力投。そして最後の最後まで粘った。ナインは気後れなく持ち味を発揮した。
昨秋、現チームのスタート時から掲げるスローガンが「新時代を作る」。甲子園初出場で創部41年目で部の歴史に新たな1歩をしるした。84年新潟南以来の初出場校の勝利、17年日本文理を最後に遠ざかっている県勢初戦突破という壁は越えられなかったがクリアできる力があることは示した。「自分たちが作ったものを超えて欲しい」。八幡主将は甲子園で勝って、新しい扉を開け切る場面を後輩に託した。【斎藤慎一郎】
○…チームの土台を作った野球部顧問の長谷和昭前監督(62)が試合前、外野ノックを行った。創部2年目の84年にコーチになり、21年夏に監督を勇退するまで指導に関わってきた功労者。「やはり素晴らしい場所でした」。自身の手では甲子園出場を果たせなかったが、後任の旅川監督からプレゼントされた時間を堪能した。試合後は応援席の最前列で陣取り、新潟から大型バス19台で駆けつけた1000人の大応援団とともに声援を送った。「選手はたくましかった。胸を張って帰ってほしい」と労をねぎらった。

