劇的なサヨナラ勝ちで西東京の頂点に輝いた。早実(西東京)が3連覇を狙う日大三との乱打戦を制し、3時間14分に及ぶシーソーゲームに終止符を打った。夏の甲子園出場は、日本ハム清宮幸太郎内野手(25)を擁して4強に進出した15年以来。8部門の“スペシャリスト”を鍛え、9年ぶりの甲子園切符をたぐり寄せた。
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甲子園出場を決める鋭い打球が、三遊間を抜けていった。9回無死満塁。内囿(うちぞの)光太内野手(3年)の劇的サヨナラ打で、3連覇を狙う宿敵を下した。両軍2桁安打の乱打戦。2度の勝ち越しを許しながら、8回に追い付き、壮絶な乱打戦を制した。就任32年目の名将、和泉実監督(62)は歓声あふれる三塁側の応援席を眺め「久しぶりにこの光景が見られてうれしい」と目を潤ませた。遠ざかっていた夏の甲子園。「どこかでこじ開ければならないと思いながら。3年生を中心によくやってくれたと思います」と感慨に浸った。
18年前の夏、マウンド上でハンカチで汗を拭う姿から“ハンカチ王子”と人気を集めた元日本ハム斎藤佑樹氏(36)をエースに全国制覇した。その年に生まれた子どもたちが、今の高校3年生。大きくなった。
初戦の3回戦から延長10回タイブレーク。準々決勝では55分間の試合中断に加え、最大9点差を追い付かれた。試練続きも、最後は勝ちきった。高校通算64本塁打の主将、宇野真仁朗内野手(3年)は「全員が自分の役割をわかっていて、それを全うした結果だと思います」と胸を張った。
強い早実復活のために、8部門の“スペシャリスト”を育てた。代走、代打、守備固め、つなぐ人、かえす人、先発、中継ぎ、ワンポイント。5-7の5回には代打の1番手、金城繁虎内野手(1年)が1死満塁で左犠飛を放ち、きっちり1点を返した。役割を決めたことで、欲張らず、全員がプレーに集中できている。
勝ち進むたびに「最終的な目標は甲子園なので」と繰り返していた宇野。目標を実現した。【佐瀬百合子】
◆早実 1901年(明34)に創立。野球部は1905年に創部。生徒数は1033人(女子373人)。野球部は48人(マネジャー含む)。甲子園出場は春21度で優勝1回、夏30度目で優勝1回。主な卒業生に王貞治(ソフトバンク球団会長)荒木大輔(元ヤクルト)斎藤佑樹(元日本ハム)清宮幸太郎(日本ハム)ら。東京都国分寺市本町1の2の1。恩蔵直人校長。

