<高校野球秋田大会:能代商6-3秋田中央>◇23日◇決勝

 堂々の連覇だ。能代商が秋田中央を下し、2年連続3度目の甲子園出場を東北一番乗りで決めた。保坂祐樹投手(3年)が、本塁打を浴びながらも粘りの投球で完投。6試合すべて1人で投げ抜いた。昨夏の甲子園では鹿児島実に0-15と惨敗。1年間、「打倒・鹿実」だけを合言葉にし、聖地へたどり着いた。一皮むけた「能商ナイン」が、県勢14年ぶりとなる夏の1勝をつかみに行く。

 昨夏、どん底を味わった能代商が、夏に復活した。山田一貴主将(3年)は右飛をがっちりつかむと一目散にマウンドへ向かって駆け出し、保坂は誰よりも高く跳びはねた。甲子園の怖さを知る2人が最後を締めた。「どこよりも練習したし、負けられなかった」。昨夏には見られなかった左腕の強気な発言だった。

 球のキレとスタミナだけで頂点を極めた。球速130キロに満たない直球を、打者の懐に投げ込む。高めに投げることも怖くはない。その神髄を、3点本塁打を打たれた後の8回裏に発揮した。無死一塁から右飛、捕邪飛、右飛。すべてインハイで詰まらせた。「フライアウトの多さが僕の投球だと思う」。6連投で657球を投じた。疲労はピークの中、最後の最後に持ち味を出した。

 雪辱の夏に誰よりも燃えた。昨夏、甲子園での鹿児島実戦。保坂は先発したものの5安打5失点し、1回2/3でKO。何もできずに終わった。「悔しいだけだった」。もう2度と同じ思いをしないため、もう1度甲子園に戻るため、何枚もの紙に「打倒・鹿実」と書いた。自分の部屋だけではなく、居間や階段など至る所に貼り付けた。走り込みや投げ込みを増やしたのは当然。悔しさをいつ何時も忘れなかった。

 保坂ら最上級生は、明確な目標があったことに加え、中学時代の土台作りが甲子園出場につながった。能代市では3年前、中3を対象に硬式野球に慣れるための「野球塾」を開いた。山田や保坂は1期生。基礎練習を8カ月繰り返せば、入学時に大きな差が出た。「能代から甲子園へ」の声で始まった活動が成長促進につながったことは、連続出場で証明された。

 強固な下地に、1200グラムの重いバットで力をつけた。多い日には500スイング。パワー強化も鹿児島実から学んだ。4回表にはリードを3点にしてなお迎えた2死満塁。山田が中前に低い弾道の痛烈なライナーで2点を加えた。さらに一、二塁から、続く小川宗太郎三塁手(2年)も、土をえぐるような鋭い当たりを左前に運び1点。工藤明監督(35)も「力強い打球が飛んでいた」と目を細めていた。

 鹿児島実はすでに敗れたが、雪辱の夏に変わりはない。県勢の初戦14連敗阻止もその1つ。保坂は「甲子園で勝つことだけを思い描いてきた」。昨年同様、優勝を決めた夜が能代の花火大会となった。1年前と違うのは、誰も余韻に浸っていないこと。すでに聖地を見据えている。【湯浅知彦】

 ◆能代商

 1922年(大11)創立の市立校。野球部は23年創部。部員72人(マネジャー4人含む)。生徒数は447人(女子245人)。甲子園出場は春はなく、夏は3度目。主なOBは元広島投手の近藤芳久氏。所在地は能代市緑町4の10。松永正典校長。

 ◆Vへの足跡◆1回戦4-0花輪2回戦7-0能代西3回戦4-1秋田工準々決勝7-1大館鳳鳴準決勝6-3金足農決勝6-3秋田中央