第108回全国高校野球選手権大会は、智弁和歌山の5年ぶり4度目の優勝で幕を閉じた。49代表が甲子園で連日熱闘を展開し、現場記者も精力的な取材を行った。「書ききれなかった話」も数多くあり、心に残った話題をお届けします。

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終戦記念日の8月15日、日本高野連元事務局長の田名部和裕さん(80)と話をした。第108回全国高校野球選手権大会を開催中の甲子園。「ここで黙祷(もくとう)しようと思ってな」と、記者席の後ろでひっそりと正午のサイレンを待っていた。

田名部さんを取材するようになったのは、95年の年明け。1月17日に起きた阪神・淡路大震災がきっかけだった。その後、11年に東日本大震災、24年に能登半島地震が起きた。今年も7月28日に熊本地震が発生。「地震が怖いですね」と話しかけると「千葉もそうや。あんなことになるなんて」と、田名部さんは8月13日夜に起きた千葉豪雨の被害に顔を曇らせた。

「そやけど、大会は何事もなくてよかったな」と田名部さんは続けた。いったいどうしたのか? と思った。大会はまだ半ば。この先、何が起きるかわからない。日本高野連の事務局長だったとき、ありとあらゆる有事に備えながら大会を取り仕切っていた。甲子園が被災地になった95年も、被災者に負担をかけない手立てを講じ、地元の同意を得て地震発生3カ月後のセンバツをやりきった。そんな人らしくない言葉に聞こえ「まだ何があるかわかりませんよ。暑さは続くし、豪雨もあるし…」と言い返して、ふと気付いた。31年前の冬も、こんな会話をしたのではなかったかと。

阪神・淡路大震災が起きた日。当時は阪神担当として甲子園に詰めていたとき、田名部さんが駆け込んできた。関係者入り口からグラウンドまで一気に走り「甲子園が無事でよかった…」とつぶやきながら引き返してきた。実際は、無事ではなかった。グラウンドは液状化現象であちこちから泥水が噴き出し、アルプススタンドは大きくひび割れていた。「無事ではないです。あっちこっち壊れて…」と反論しかけて、相手が泣いているのに気付いた。グラウンドの泥水にも気付いただろうに「甲子園が無事でよかった…」と泣いていた。

時を超え、また同じ会話をしていた。大きな災害が起き、酷暑という難問を抱えながら大会は運営されている。「大会が無事でよかった」「甲子園が無事でよかった」の言葉は、願い。そうであってくれ、と願う言葉を31年前の冬も、この夏も、唱えていたのだ。

8月22日、大会は閉幕した。幸せなことに、最後まで、熱戦が主役だった。【堀まどか】