永遠はない-。01年に海を渡り、米通算3089安打を積み上げたイチロー。メジャー初安打から大半を見届けてきた記者が、心技体の「変化」をつづった。
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加齢ではなく「重齢」とでも言うべきか。前日2日、イチローにとって今季最後となった第4打席。カウント1-1から時速156キロの速球を三塁線へはじき返した打球は、わずか1メートル足らずファウル領域へ外れた。
全盛期であれば、フェアとなるタイミングのスイング、のはずだった。だが、バットのヘッドの返しが、一瞬遅れた。09年WBC決勝でV打を放った「持っている男」が、着実に年を重ねたことは、まごうことのない現実だった。
かつてのイチローは、グラウンド上はもとより、クラブハウス内でも、他人を寄せ付けない空気を発していた。過熱する取材に「何とかしてくれませんか」と相談されたことがある。のしかかる重圧を「吐き気がするほど」と表現したこともある。鋭い眼光とクールな表情から「孤高の天才」と呼ばれた。節目の大記録が近づくと、報道陣が殺到することもあり、イチローを包むピリピリ感は増幅した。ヤンキース時代、「代打の代打」を送られた際は、殺気立つほどの怒りを隠そうともしなかった。当時、野球を楽しむような感覚とは無縁のように映った。
ところが、マーリンズへ移籍した15年頃から、少しずつ変化が見られるようになった。
40歳を超えるとチームメートは20歳代前半の若手が増え、尊敬を集めた。素直で純粋な若い同僚には「かわいくて仕方ない子たち」と愛情たっぷりに接した。節目の記録を超えるたび「ファンの方やチームメートが喜んでくれている」と、感謝を繰り返すようになった。涙腺が緩くなったのも、クールなイメージと異なる大きな変化。メジャー通算3000安打を放った直後、ダッグアウト内で頬を伝う滴を、後日「あれは涙ですね」と認めた。
マリナーズに電撃復帰した今季のイチローは、笑みが絶えなかった。開幕すれば、いつもの「戦闘モード」に入ると思われたが、少し違った。フリー打撃のサク越えも徐々に減った。「このユニホームを着ていられる喜び」を耳にするたびに、心のどこかがざわついた。「毎日がギフト」で「とにかくハッピー」と感じる44歳にピリピリ感が漂うはずもない。
イチローは、間違いなく、年を重ねていた。【MLB担当=四竈衛】