あっ、捕られる…。1週間ほど前、神宮で送りバントを試みた上本の打球が浮いたとき、そう感じた。山中もマウンドから捕りに行く。だが、その瞬間、二塁走者の荒木郁也が猛然とスタート。打球はスレスレでワンバウンドし、荒木は山中の三塁送球をかいくぐって間一髪セーフ。野選を誘って無死一、三塁。逆転につながる好走塁になった。

 阪神は5月上旬の6連勝で首位に立った。発端になったのが3日のヤクルト戦だ。0-1で迎えた6回無死二塁。俊足で鳴らす荒木のワンプレーから潮目が変わった。三塁コーチを務める高代も「よく三塁まで来たと思う。紙一重やったけど。ふわ~っと上がるバントじゃなく、低く上がっただけだった。見えにくい位置やけどね」と褒めた。

 足で生きる。何げなく映る走塁だが、プロ7年目の生きざまが詰まっていた。無謀ではない。荒木も「1点リードされて賭けには出られません」と振り返る。送りバントを試みた上本の打球が浮いたとき、二、三塁間のハーフウエーあたりにいた。捕りに行く山中の背中しか見えなかったという。小さく舞い、自重か、突入か、判断が難しい打球だ。それでも、白球が地面に落ちる瞬間を見破った。

 「投手が捕るとき、左手を伸ばして必死に捕りに行く態勢ではなかった。しっかり構えて捕ろうとしていました。ショートバウンドになると。自分なりの判断ですけど確信できました」

 山中の細かいしぐさだけで、ゼロコンマ数秒の時間を制した。「備え」もあったという。サインは上本への送りバントだった。塁上で、こんなことを想定していた。

 「球威のある速球派ならバントをはじいて高く浮くことも多いけど、この場面でのフライはなさそう」

 下手投げの山中は速球の球速が120キロ台だ。球威を殺すバントを予測し、迷いのないスタートにつなげた。「走塁でもっとも大切なのは状況判断」と強調する。普段は代走出場が多く「一番、流れが変わりやすい場面で出ます。いろんなことを頭に入れないといけない」と自覚がにじむ。

 数年前から足型を取り、スパイクの中敷きを特注。力が伝わるよう工夫する。「足の裏は全体重を支えています。動く上ですごく大切」。足への思いは強い。その一方で、上昇志向も思い描く。「1軍に上がれたのは足があるから。いまもそう。でも、そこから自分の可能性を広げていかないといけない」。主砲やエースだけでチームは成り立たない。首位を走る金本阪神のスパイスとして、機動力も光る。(敬称略)