【ヤクルト田口麗斗】戦力外から異国での挑戦決断の理由 「生死を問う」環境へ

なぜ異国の地での挑戦を選ぶのか。9月末にヤクルトから戦力外通告を受けた田口麗斗投手(31)が10月14日、埼玉・戸田球場で練習を実施。11月から始まるプエルトリコ・ウインタリーグでアピールするべく、キャッチボールなどで汗を流していました。NPB12球団合同トライアウトには参加せず、国内外からのオファーを待つのには明確な理由がありました。

プロ野球

★田口選手が語った主な内容

  • 合同トライアウトに参加しない理由
  • 「甘い場所じゃない」ウィンターリーグの現実
  • 息子たちに見せたい「好きなことを仕事にする」姿

◆田口麗斗(たぐち・かずと)1995年(平7)9月14日、広島県生まれ。広島新庄では3年夏に高校日本代表入り。13年ドラフト3位で巨人入団。15年4月11日ヤクルト戦でプロ初登板。21年3月にトレードでヤクルトに移籍。移籍初年度からフル回転し、21年、22年のリーグ2連覇に貢献。6年間で219試合に登板したが、26年オフに戦力外通告を受けた。171センチ、79キロ。左投げ左打ち。今季推定年俸1億7500万円。

キャッチボールをする田口麗斗

キャッチボールをする田口麗斗

休養日の戸田球場に響く乾いたミット音

ヤクルトのチーム練習は休養日。それでも、埼玉・戸田球場に1台の車が入ってきた。運転していたのは田口だった。

「おはようございま~す」

数少ない報道陣に気づいてあいさつを返してくれた。そこに戦力外通告を受けた悲壮感は漂っていなかった。

練習パートナーとともに、キャッチボール、投球練習などで汗を流した。静かな球場には、乾いたミット音が鳴り響く。時折「ナイスボール」「今のいいですね~」といった声も。練習中も、むしろ、今を楽しんでいるようにさえ見えた。

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2001年12月生まれ。千葉県千葉市出身。10年に地元球団のロッテが日本一になった瞬間をテレビで見たことがきっかけで、野球の面白さを知る。高校時代は、土日休みだった硬式テニス部に入部し、週末になると野球観戦に出かける日々を過ごしていた。
武蔵大社会学部メディア社会学科を経て、2024年4月に入社。夏の高校野球取材では東東京地区を担当。東東京代表の関東第一が甲子園でも決勝まで勝ち上がり(結果は準優勝)、胸が熱くなった。同年10月から野球部配属となり、遊軍として各球場を転々とした。
25年1月から巨人担当。趣味はドラマ鑑賞、神社仏閣巡りなど。好きな食べ物はラーメン(特に家系)。