チーム勝利のために戦う姿勢を貫いて到達した巨人阿部の2000安打だ。08年10月10日だった。神宮球場でのヤクルト戦。勝てばリーグ優勝の大一番で阿部は4回に先制24号ソロで口火を切る。6回、右越え適時二塁打を放った直後に悲劇が襲った。二塁走者としてリードをとった。けん制球に頭から帰塁。右手が思ったよりも早くベースに付き、次の瞬間、激痛が肩を襲った。両足をばたつかせ、もがき苦しむ姿にベンチも青ざめた。歩くこともできず、担架に身をゆだねるしかなかった。8回表の攻撃が始まること、右肩をテーピングで固め、口を一文字に結んだまま病院へ向かう車に乗り込んだ。

 最も勝利に貢献した阿部は、胴上げの輪にも加われなかった。診断結果は右肩の脱臼。クライマックスシリーズ(CS)の出場も絶望的になった。「俺が行かないと。みんなでペナントレースを戦ってきた。優勝が決まったんだしね」。右腕を三角巾でつったままビールかけ会場に向かった。明るく取りつくろい、主将として乾杯の音頭をとった。

 ビールかけ会場から早々と姿を消し、都内の飲食店のソファ席に腰を下ろした。「みんなに変な気を使わせたくない」。テレビ画面にはビールかけで盛り上がる仲間の姿があった。じっと黙ったまま、目の前に置かれたかつ煮を左手のスプーンでほおばった。リーグ優勝の喜びよりも悔しさが強かったんだろう。ただ、その姿はナインの前では決して見せなかった。見せようとはしなかった。

 決して、忘れられない2安打も2000分の2として刻まれている。勝つためのプレーを徹底する理由は、チームメートと勝利の喜びを共有することにつながる。ともに苦しみ、ともに喜ぶ。チームプレーの醍醐味(だいごみ)を体現し続けてきた大記録だ。【巨人担当 為田聡史】