17日に運命のドラフト会議が行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の名場面を「ドラフト回顧録」と題し、当時のドラフト翌日付の紙面から振り返る。

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<01年11月20日付、日刊スポーツ紙面掲載>

今日にも「ダイエー寺原」が誕生する。ドラフト(新人選択)会議が19日、東京・新高輪プリンスホテルで行われ、注目の157キロ右腕、寺原隼人投手(18=日南学園)を中日、横浜、ダイエー、巨人の4球団が1巡目に指名。競合、抽選の結果、ダイエーが交渉権を得た。巨人が本命といわれた寺原は最初は表情をこわばらせていたが「最終的にはプロという形で野球をやることが目標」と入団に前向きな姿勢を見せた。今日20日、ダイエー王貞治監督(61)の訪問を受け、入団を受諾する方向だ。

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一瞬、揺れ動いた心は落ち着きを取り戻していた。会見が終わってひと息ついた寺原はこわばった表情ではなく、笑顔に戻っていた。「福岡ドームは大きく、野球をする人にはあこがれ。若いチームだし、ちゃんと育ててくれる。(入団決定まで)長くはならないと思います」。前向きな気持ちになっていた。

午後2時に始まったドラフト会議。両親、小川茂仁監督(55)とともに校長室でテレビ中継を見届けたが、無表情のまま1度も笑顔を見せなかった。午後2時13分。運命の抽選に「王さんは手を上げず横ばかり見ていたので違う球団かと思った」。ダイエー王監督が右手を上げてもかすかに唇を動かしただけだった。

戸惑いはあった。巨人原監督から2度も直接口説かれ、ドラフト前には巨人が本命と伝えられていた。スケジュールも急だった。今月1日には全日本チームに合流し、6日からは台湾でのW杯に参加。ドラフト前日に帰国する強行日程に「W杯が終わったばかりで気持ちの整理がついてません。めちゃくちゃ中途半端です」とも話していた。

同じくダイエーに指名された井出正太郎(18)との写真撮影では、胴上げを拒否。ダイエーの球団名入りのボールや、ダイエーグッズを持つよう勧めるカメラマンの申し出も、かたくなに拒否した。

が、抽選から3時間が経過し、気持ちが落ち着くと、ダイエーへの思いを表した。会見後には、W杯で一緒だった井口に連絡。「電話の話なんで、内緒です」とはぐらかしたが、W杯で井口、篠原から聞いたダイエーの印象には「むちゃくちゃいい印象だったですよ」と声を弾ませた。まだ無名だった寺原を昨秋からいの一番にマークしたのがダイエー。もともと好感を持っていた。

王監督との縁も感じた。W杯の開会式後には、球場で出くわし、右手で握手を交わした。「あの時の右手が生きましたかね。巨人入りに熱心だった小川監督も「ファンあってのプロ。過去の例を見ても、ドラフトでもめた人は大成していない」とダイエー入りを後押し。20日に王監督の訪問を受けるが「嫁に出すのは朝だから」と、学校側が11時開始を決めたほどだ。「入団発表は12月の大安吉日だな」とまで口にした。

寺原が言う。「W杯ではプロとの違いを見せられた。1日でも速く日本最速を投げられたら最高だと思う。それにプロでは勝てる投手じゃないといけませんから」。すでに、ダイエーのユニホームを着て投げる自分を描いているように前を見据えていた。

★<即戦力評価もシ烈1軍12枠>寺原には即戦力の期待がかかる。台湾でのW杯で寺原を間近で観察したダイエー王監督は「実際に見て、即戦力でいけると強く感じた」と感銘を受けた。指名前にすでに、来年2月の春季キャンプでの1軍スタートを明言。競争を勝ち抜けば、開幕1軍はおろか、西武松坂のように1年目から先発として起用する可能性は十分にある。

今季、先発としての機能を果たしたのは、最優秀勝率のタイトルを獲得した田之上と、同投手に並ぶ13勝をマークした星野の2人。寺原が食い込む余地は大いにある。ただ、容易ではないのも確かだ。来季の先発候補には田之上、星野のほかに、永井、若田部、ラジオ、新外国人のカスティーヨ、4年目の左腕小椋、さらには昨ドラフトで鳴り物入りで入団した山田、山村と続く。3巡目で獲得した杉内も「左の先発として期待している」(王監督)。投手陣12人枠をめぐる争いはし烈を極める。

来年のドラフトでは、こちらも150キロ右腕、九州共立大・新垣渚投手を自由獲得枠で指名する方針。寺原の加入でダイエーは一転「投手王国」を築くチャンスを得た。

▽オーナーも同席 ダイエーは球団を挙げて、寺原に歓迎の意を表す。今日20日、中内正オーナー(42)王監督というフロント、現場のトップが日南学園を訪れ、寺原へ異例の指名あいさつを行う。オーナーがドラフト選手の指名あいさつに出向くのは球団史上初。当初は指名あいさつに王監督は出馬しない方針だったが、前日(18日)のスカウトとの会食の中で「当たった時は絶対に行った方がいい。寺原君の入団は二重、三重の喜びだから」(高塚球団社長)と、方針を急きょ変更した。「相思相愛だし、彼には将来的にも頑張ってもらわなければいけないから」と、中内オーナーは将来のエース候補に球団の期待を語るつもり。王監督のサイン入りの当たりくじ、帽子、グラウンドコートを手土産に寺原に会う。

◆寺原隼人(てらはら・はやと)1983年(昭58)10月9日、宮崎市生まれ。本郷小3年から軟式ワールドボーイで野球を始め、赤江東中3年時に全国大会出場。日南学園で昨夏は県4強、昨秋九州大会8強、今春県大会準V。今夏県予選3回戦で日南振徳商相手に、15三振を奪ってノーヒットノーランを達成した。甲子園では玉野光南戦で、大リーグ・ブレーブスのスピードガンで98マイル(約157・68キロ)をマーク。11月に台湾で行われたW杯に高校生で唯一メンバーに選ばれ、2試合に登板した。家族は両親、兄、姉、弟。179センチ、82キロ。右投げ右打ち。血液型A。

 

※記録と表記などは当時のもの