1点ビハインドの8回無死一塁。一塁走者の片岡治大は、マウンドの巨人越智大祐を見ながら思った。

「雰囲気的に、もうけん制はこないだろうな」

投球モーションに入った瞬間だった。

「気付いたら、勝手に体が反応しちゃってた」

死球の余韻が残る中、初球にスタート。スタンドがどよめく中、一、二塁間の中間点で足がもつれかけた。

「やばいな」

絶体絶命のピンチに陥ったが、シーズン50盗塁の経験を生かした。

「思うように体が動かない時こそ、力まないように」

冷静に走りを立て直し、スライディングまでの加速へとつなげ、二盗を成功させた。

「正直、あまりスタートも良くなくて。やばいなと思ったんですけど、今までの経験から、がむしゃらにいったところで全然体は動かなかったですし、力まずにいこうと」

足を武器に、プロで勝負すると決断した時から、究極の場面で走ることを常にイメージし、練習に取り組んだ。

「たとえ外されようと、9回2アウトであろうと、そこで普通に走ると。その練習を何年も続けてやってきたので、ある意味、体が勝手に反応したというのは自然なことかもしれない」

犠打が決まり、1死三塁へと好機は拡大した。打席には脇腹痛と手首痛を抱えた中島宏之。サインはボールがバットに当たった瞬間にスタートを切る「ギャンブルスタート」だった。

「オレは突っ込むだけだと。腹をくくってね。でも、ナカジは絶対に初球を振ると思った」

1球目、片岡の読み通りに中島はスイングし、三塁前にゴロが転がった。ボールは本塁に送球されたが、タッチさえされずに生還。同点に追いつき、なおも2死一、二塁から平尾博嗣の勝ち越しの中前適時打で試合を決めた。

「二盗を決めた時と一緒で何の根拠もないんですけど、ナカジは絶対に振るだろうなって。理屈とかじゃなくて。常にイメージしてて、あの場面でそれがうまく巡り合った」

日本シリーズ7試合で盗塁を5度企画し、全て成功。のちにFAで巨人入りするきっかけにもなった。MVPは2勝を挙げた岸孝之(現楽天)が受賞したが、片岡の足も称賛された。

「走る場面で走るためにいるわけですから。いつでも走れるように準備しておくことが大事」。

自らの生きる道を見いだし、究極の場面で勝負を制した。【久保賢吾】

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07年から4年連続で盗塁王を獲得し、通算320盗塁を記録した足のスペシャリスト。球界屈指の存在に至る転機は、2年目に指揮官からかけられた言葉にあった。(連載3に続きます)

【連載1 なぜ走った?出塁までの心の動きはこちらから】>>

【連載3 たった1つの盗塁が運命を変えたはこちらから】>>

【連載4 誰もがマネできる盗塁練習術とははこちらから】>>