4日のオリックス-西武(ほっともっとフィールド神戸)は雨天中止になった。球場近くで育った西武栗山巧外野手(42)の引退試合は「8・30」に決定し、もう現役選手としての地元でのプレー機会はない。何よりも「準備」を大切にしたプロ25年間。少年時代、この町からの“大冒険”に原点がある。西武担当記者が30年前を再現した。
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兵庫・明石港から出航したフェリーは明石海峡大橋をくぐる。見上げると大きさに圧倒される。到着した淡路島・岩屋港で自転車を借りた。ヤシの木が並んだ道を南へ走り出す。
約30年前、栗山少年がここで同じようにペダルをこいだ。「小5か小6か、夏か冬か、詳しく覚えてないんですよ」と記憶を巡らす。小学生の時、神戸市西区の自宅から淡路島への“チャリ旅”を実行した。「友達のナカノ君と一緒に。おやじには『夕方までには帰る』って約束して」。
往復80キロながら決して雑な旅ではなかった。「おやじに『ちゃんと計算せい』って言われて。時速15キロとか20キロくらいで、家から明石まで1時間くらい。フェリーは30分で」。どっちが前を走ったか、どこで食事したかも「何も覚えてないんです」と言うが、計画段階の記憶は鮮明だ。「昔、地図をなぞると距離が出る道具、あったじゃないですか。あれで調べて」。
今はアプリで時間も読みやすい。「気をつけて行ってきてくださいね」と優しい栗山の言葉を思い出しながら、時に狭い道も走る。「本当はね、四国が見えるところまで行きたかった。でも無理で。いつか淡路島一周、やってみたいっすね」。栗山少年と同じように遊園地ONOKOROで折り返す。島内は往復約50キロを3時間ほどだ。
実際に記憶を追跡して分かったこともある。栗山も「あれ、すごいっすよね」と共感した。「ゴールの港が近づいて、海の向こうに明石、須磨、神戸って見えて。海から自分の町を見たの初めてで。うわ~って感動しましたね」。そこから30年、準備を大事にし続けたことで世界は大きく広がった。「懐かしいっすね。ナカノ君も少しずつ遊ぶ機会が減っちゃって。今ごろ、どこにいるんですかね。元気でいてほしいです」。遠い日を回想しながら、残された背番号1の時間を懸命に走る。【金子真仁】



