日本プロ野球史に名を残す「安打製造機」の異名で、東映、巨人、ロッテで外野手として活躍した張本勲さんが9日午後、死去した。日本プロ野球名球会が10日に発表した。86歳だった。
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2010年(平22)の2月、キャンプ取材中の沖縄の朝、見知らぬ携帯番号からの着信音で目が覚めた。「ハリモトと申します」と名乗った。最初はどこのハリモトさんだか分からなかったが、他紙の記者から私の連絡先を聞いてかけてきたという説明を聞いて、あの張本勲さんだと気がついた。まったく面識はなかった。
当時、私は日刊スポーツの評論家だった清原和博さんと、いくつかの球団をまわって選手との対談を組んでいた。電話の目的は、清原さんがきょうどこに取材に行くのか教えて欲しいということだった。取材予定などは外部に明かすものではないが、大事な用事があるというので清原さんの許可を得て、宜野座に阪神の取材に行くと、電話を折り返した。
すると何時に到着するかは伝えてなかったにもかかわらず、球場の取材受付のところに張本さんが待ち構えていた。テレビ番組で「喝!」「あっぱれ!」と、やってる姿しか知らなかった私には、もっとこわもてで、偉そうにしているイメージがあった。だが、実際には後輩に対しても礼儀正しい人だった。
大事な用事の細かい内容までは知らないが、自分のことではなく、だれかのために必要なことだった様子。なりふりかまわず見知らぬ記者に電話をかけてくるなど、他人のために一生懸命なところにも好感を抱いた。たった1度の接点だが、携帯に残された番号とともに、忘れられない出来事だった。【竹内智信】



