日本サッカー界で、またもパワハラ問題が明らかになった。僕はこの問題についてあらためて思ったことがあります。それは、パワハラの原因は指導者の練習不足だということです。

問題なのは内容ではなく、その「伝え方」です。それは相手を軽蔑し、リスペクトもなく傷つけようとする言い方ですね。逆に言い方次第でモチベーションを高め、発奮材料に変えることもできます。状況を捉えて、その相手に必要な熱量を出させるために「このままでいいのか?」と思わせること。その時に大事なのは、感情優位ではなく目的優位になることです。

僕はJリーガーになる前は、いくつかビジネスをしていました。その中でも数千万を企業から引き出すために、何度もプレゼンをしたことがあります。競合相手は、誰もが知る大手広告会社でした。どうやってこの相手に勝つかを寝る間を惜しんで考え、どんな資料を作ればいいのかを必死で考えました。

しかし、プレゼンというのは資料を作ることが目的ではありません。どれだけ良い資料を作っても、プレゼンターが芯を食っていなければ、その思いはクライアントに伝わることはありません。僕は資料作成をやめ、そもそも僕は何がやりたいのかを改めて考え直しました。このプロジェクトの目的は何か。それは僕が本当にやりたいことなのかどうか。予算を引き出すために表面上だけで塗り固めてはいないだろうか。考える視点を視野の広さから視座の高さに変えたのです。

もう1度目的を明確にして、このプロジェクトで何を伝えたいのか。そして、そのために必要な予算は本当にこれで良いのか?何度も何度も検証し、自分なりに伝えたい内容がハッキリとしました。そこからはほぼ毎日、毎朝鏡に向かってプレゼンの練習です。何度も何度も繰り返し鏡の自分に伝えます。会社に行く時は電車内、タクシーの中でずっとつぶやいています。時間を計り、どのくらいであれば相手が飽きずに聞いてくれるのか…。その時の言葉のチョイスと抑揚、声の高さなども研究しました。

すると面白いことに、話し方がだんだんジャパネットたかたの高田さんに似てくるのです(笑い)。あの話し方は実は理にかなった手法だったのではないかと気がつきました。あまりにも似てくるので、クライアントにまねしていると思われないよう、録音をして少しずつ変化を加えて「アビコオリジナル」へと持っていくわけです。そんなことを繰り返し繰り返し行い、ようやく自分の思いがメッセージとして宿った時、初めてそれを資料に落とし込めます。あとは練習した内容を自分の言葉で伝えるだけです。

結果として僕らは大手広告会社に勝利することになりました。人前で話をする人は、圧倒的な練習がなければ人の気持ちをこちらに傾かせることはできません。自分の思いなど相手はわかりません。だから「知らない」を「知る」に変え、それを「理解」から「納得」に変え、最後は感動させないとダメなわけです。

これは指導者も同じです。パワハラをする指導者は、選手や社員全員が「こんなこと分かっているだろう」という前提で話が始まります。スタートラインがそこなので、相手が自分の思い通りにいかないと「何でできないんだよ」「そんなこともわからないのか」と怒りがあふれ出し、どんどん言葉が乱暴乱雑になります。今回のパワハラ騒動において、僕は指導者の伝えたい内容は理解できます。プロ選手であればそれくらいできて当たり前で、それくらいの心持ちと覚悟が必要だということは大賛成です。

しかし、問題は「言い方」です。大事なのは目的優位であり、感情ではありません。もっと言えば、目的のために感情をうまく使わなければいけないということです。ビジネスマンのプレゼンも全てとは言わないまでも、大事なのは仕事を受注できたかどうかではなく、そのプレゼンの意図や意味が100%でクライアントに伝わったかどうかです。

100%伝わった上で、競合相手に負けたのであれば、それはご縁がなかったと思うしかありません。伝えたいメッセージが伝わり、それで違うのであれば逆にお仕事などしない方がいいのです。

サッカーやスポーツは生き物です。その場その場で状況が変わるからこそ、より何を伝えるかというメッセージが大事になります。指導者が最も大事にするべきは練習と試合のハーフタイムです。しかし、ハーフタイムは15分しかありません。その15分をどう使うのか。

モウリーニョ監督は前半残り数分でハーフタイムで何を伝えるかを考え始めるといいます。そして、その15分を自分の中で最善の状態で迎え、15分後には選手を最善の状態で送り出すのです。格闘技の場合はそれが1分しかありません。そこでどんな言葉をどんな言い方で伝えるかで、動きが全く変わることもあります。

パワハラはただの練習不足です。何をどう伝えるか。この選手にはこう。この選手はこの角度で。全体にはこの口調で。そこまでトレーニングしている指導者はどれだけいるでしょうか?パワハラは練習不足であり、力量不足です。そして感情優位になる動物と同じです。とはいえ、何でも自由で「君が決めなさい」的な指導は選手をダメにすることもあります。指導者は選手歴があって経験があるからできるものでもないのです。

指導者に必要なのは資格ではなく適性です。そして練習です。選手時代にしていたように自主練が必要なのです。自分の声を録音して聞いてみてください。思っていた以上に、とても聴きづらい可能性があります。声なき声に耳を傾けて、自分のメッセージをそんな人たちにも届けることが、人前に立つ人に必要なことです。そして、誰よりも練習し、知識や経験ではない圧倒的な指導者として伝える力を鍛え上げることが必要です。

学生を終えると一気に勉強をしなくなるのが日本人です。大人たちよ、勉強しよう。いつから学ぶことをやめていいなんて言われたのでしょうか?死ぬまで勉強。死ぬまで進化です。パワハラで子どもたちや選手や部下の未来をつぶさないためにも、自らを律して学ぶ意欲を持ち、メッセージ性のある指導をしていきましょう。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。8月27日に同大会で第2戦に挑み、2戦連続でKO勝利。175センチ、74キロ。(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)