サッカーの欧州チャンピオンズリーグ(CL)を見ていると価値観が大きく変わる。見ている範囲の広さの違いにがくぜんとするのだ。あのレベルの選手たちは自国リーグで勝つのは当たり前で、チャンピオンズリーグになった時は勝敗という目先のものはもちろん、その少し先の業界をも見ている気がする。

正直、画面を通して分かる範囲でも、日本は彼らがサッカーというスポーツに飽きた時ぐらいにしか勝つチャンスがないのではないかと思える。現状では次元が違いすぎて比較のしようがない。

2018年のワールドカップでベルギーに負けてから4年の月日が経ち、今年またワールドカップ(W杯)の舞台に日本代表が立つ。これはあくまでも私見であり、なんの根拠もないが、あれから4年、日本サッカー界は成長したのだろうか。CLを見ると海外がどれだけ強度を上げ、どれだけ成長角度を変えてきたかが伺える。JリーグやACLで、僕にはその成長角度は確認できない。

大きく2つの要因があると思う。ひとつは選手の意識、もうひとつは監督の見ている場所だ。選手の意識に関しては、日本の多くの選手は目先のお金しか見ていないように感じる。高級外車に乗り、いい家に住み、女性と遊びたい、モテたいという目先のことがモチベーションになっている。もちろん全員ではないが、多くの選手がその視点から抜け出せていないように思う。

先日、Netflix(ネットフリックス)でブラジル代表FWネイマールのドキュメンタリーを見たが、そこでネイマールは「お金は二の次」と言っていた。十分に稼いだからということもあるだろうが、お金ではない「何か」を追い求め、葛藤し、右往左往している滑稽な姿が何ともすてきだなと思った。

いろいろな批判はあると思うが、世界のトップで戦う彼には自分が“ネイマール”だというプレッシャーと、クラブに所属するスター選手だという二重の重圧が存在している。それを考えると、日本人選手で似たようなプレッシャーを背負っていたのは本田圭佑選手の時代で終わってしまったように思える。

ネイマールに関しては、そこにブラジル代表の10番という重圧もある。彼自身を成長させているのは環境ということもあるが、彼自身が持っているモチベーションによるものが大きい。耐えられなくなるようなプレッシャー。全てが一夜にして崩れ落ちてしまうリスク。そんなものを全て背負い戦っている姿は、1人の人間としてたくましく、リスペクトできる。

全く同じではないが、僕自身も43歳からのリングデビューはたくさんのリスクとプレッシャーがあった。それを跳ね除けるには、お金や名誉や評価では太刀打ちできない。目先のことではなく、少し先の未来を見て戦う使命感が自分を突き動かすのだ。そのモチベーションを自分でコントロールしなければ、妥協と惰性によって生きやすい場所を作り出してしまうことになる。

先ほど挙げたもうひとつの監督視点に関しては、海外のトップオブトップの監督たちは、勝敗という目先の目的ではなく、このサッカー界をリードしているのは自分で、それを数年後にはスタンダードにするんだという大義があるように思える。

僕は今まで選手として、通訳として、そしてコーチとして多くの監督の元で共に生き抜いてきた。その中でもジーコの実兄であるエドゥ氏の哲学や、フットサルブラジル代表監督の使命を聞かされた時は大きくその視点を変えられたことを今でも覚えている。

そして現在僕の師匠でもある元K-1元チャンピオンの小比類巻貴之さんには戦いに挑む男の精神を学び、その業界の未来を見据える強い思いを感じている。

トップオブトップの監督たちは、世界でも名だたる有名選手に自分の哲学を届け、ついてきてもらわなければいけない。それは並大抵のことではない。

どんな大企業も一番はカリスマ社長の手腕が大きい。しかし、トップのクラブとなれば、そこにメッシ、C・ロナウド、ネイマールなど簡単には言うことをきかないであろう哲学を持った選手がわんさかいる。

そこで重要になるのは監督の哲学とビジョンだ。もし監督が目先の勝利だけを追えば、一気に選手は離れるだろう。何故なら勝利することなどは当たり前であり、そこではないモチベーションが彼らには必要になってくるからだ。

監督がやるべきは、サッカー界の未来を見せること。その未来の住人にならせることなのだ。新しい戦術や戦略はもちろん、サッカーの哲学として考え方から「すごい」と思わせる必要がある。日本人指導者が海外で活躍できないのは言葉が話せないのもあるが、そもそも哲学を持っていないからだと僕は感じている。

戦術や戦略が頭の中にあっても哲学がない。それでは世界の名だたる猛者たちをこちらに向かすことなどできるわけがない。日本では指導者として成功しても、そこに哲学は必要がない。権力や立場で振り向かすことができるからだ。しかし、トップオブトップの選手たちにはそれは通用しない。

哲学と文化、そして歴史的文脈をしっかりと自分の言葉で話し、クラブのアイデンティティーを未来につなげていかなくてはならない。そのために大事なのは、哲学を持ち、歴史的文脈を学び、それを選手と共に未来に向かって大きな絵を描けるかどうかだ。

僕が40歳でJリーガーなり、43歳で格闘家になって年末のRIZIN出場を目指しているのは、目先の勝利だけを求めているわけではない。自分の哲学を表現する手段を格闘技という舞台で証明したいからだ。混沌(こんとん)とした世の中で、人の足を引っ張り、自分さえ良ければいいという精神で他人を見て世の中を見ている。このままで次の世代に残せることなど何もない。

逃げ切り世代が必死に自分の富や名声を守ろうとし、僕ら40代はこのままでは良くないと思いながら、巻き込まれるのは嫌だから見て見ぬふり世代となっている。そんな世の中でいいわけがない。

ロシアとウクライナの戦争も対岸の火事ではない。歴史から学び、その時代の当事者として、自分のやるべきことをもう一度再考する時に入っている。何事にも始めるのに遅いことはない。人生は、今が一番若いのだ。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューし、同大会4連勝中。22年2月16日にRISEでプロデビューし、初勝利を挙げた。175センチ、74キロ。