40歳でJリーガーになる前は、高校生の指導やサッカー教室などを開催し、指導者としてサッカー少年や青年と向き合っていた。当時、Jリーガーでもない自分が(当時)何を根拠にサッカーを教えられるのかと非常に悩んでいた時期があった。

ある時、僕はドイツやオランダに行って育成年代のトップを視察する機会に恵まれた。ドイツではドルトムントに行かせてもらい、オランダではアヤックスで研修を受けた。ドルトムントで印象的だったのは、U-17のカテゴリーを見させてもらったときに、選手たちが控室でそれぞれに課せられたアップを行っていた。

そこでは、身長や体重、年齢やポジションによって身体を起動させるためのメニューが違っていた。第2次成長期を迎える彼らに必要なのは高負荷なトレーニングではなく、いかにして身体を使いこなせるかというポイントに重きを置いたセルフウオーミングアップだった。

そこで出会ったコンディショニングコーチに話を聞くと、選手は今が大事なのではなく、どれだけ多くの選手がトップに上がるかが大事なので、丁寧に時間をかけて育てていると。今、目の前の結果に捉われてしまうと、将来見たい姿がぼやけてしまい、判断を誤ると言っていた。

僕が日本には「早熟」という言葉があると説明すると「多少の理解はできるがそれは指導者のエゴでしかない」と言っていたのが印象的だった。身体的な成長には時差があり、その時差を理解し、埋める役割を担うのがコンディショニングコーチの役目であると。

そこにはリーダーと呼ばれるスーツの男性もいた。名刺には教育リーダーと書かれていた。彼にどんな役割を担っているかと聞くと、10歳までに選手に未来を想像させることが大事で、自分の役割はそのサポートだと。

具体的には、10歳までに人生のABCプランを考えさせる。

A ドルトムントでトップチームに入った自分。

B ドルトムント以外でトップチームに入った自分。

C プロ契約には至らず違う仕事をしている自分。

10歳までにこういったプランを考えさせる事で、選手は自らの決断によってサッカーをあえて辞める人もいるという。その分、結果的にスポンサーとしてチームに関わるような大人になった人も多数いると話してくれた。こうやってクラブのアイデンティティーが築き上げられているのだと感じた。

アヤックスでは、ポジション別のトレーニングが頻繁に行われていた。その中で面白かった試みが、U-19のカテゴリーには5人の監督がいた事だ。その監督は8週間でサイクルしていくという。

U-17、U-18、U-19とそれぞれ監督がいれば2人はあまる。その残った2人の立ち位置がまた面白く、それぞれのカテゴリーの監督をチェックする役目になるという。どれだけ試合に勝っていようが8週間で監督がサイクルするので、多く選手に目が行き届く。ベンチに埋もれていた選手が急にレギュラーになることもあれば、その逆も然りだ。

アヤックスでは、こうして子どもたちの未来に大人が真剣に向き合っている。だからこそ、世界で戦える選手が生まれ、そこに加入することの意義も見いだす。

クラブには哲学がある。日本のクラブはどうだろうか。そもそも育成を学校の部活に任せている時点で、クラブアイデンティティーは生まれない。もちろん今、サッカーは野球などと比べると育成年代の組織化はしっかりできているが、いまだに高校の部活に頼る人材育成があるのは否めない。

そこで問題なのは、部活動が多くの選手を抱えている点だ。僕も指導者だったからわかるが部員が200人もいたら選手の能力を引き出すどころか、練習を回すのに手いっぱいになる。

要するに、選手の成長よりも効率的に練習を回すことが優先になる。そうなれば、フィジカルトレーニングなどはひとまとめに行われる。FW、MF、DF、GK、全て異なる能力が必要なはずなのに、なぜかみんなんで同じメニューを行う。

GKに1000メートルを8本も9本もやらせる意味はどこにあるのだろうか?そもそもフィールドプレーヤーにすら必要のないトレーニングだと僕は思っている。根性を鍛える?何を言っているかよくわからない。根性などは鍛えるものではない。根性と我慢は違う。本気で目指すものがあれば自ずと覚悟が決まり、そこには根性が芽生えるのだ。

しかし、やらされている人に芽生えるのは我慢だ。我慢の先に成長はない。もう1度日本の指導者は学ぶということを忘れてはいけない。

20歳を過ぎて最も学ばなくなる人種が日本人だという。敷き詰めて学んだ気になっている勉強は全くアップデートされずに、自分の中だけの成功体験でそれを人に押し付けてしまう。あなたと全く同じ人はいません。人には、きき目もあれば、きき首もある。そして肋骨(ろっこつ)にも左右差があり骨盤も左右で使い分けている。

人それぞれに得意な体の動かし方があるにも関わらず、それを無視して自分の成功体験だけで押し付けるような指導はもはやパワハラの領域だと個人的には思う。

僕自身、ナウ(今)を語れなくなったら終わったと思っている。今日より明日、明日より明後日の方が学べるチャンスがあるはず。誰かの記事やYouTubeで見ただけでは何もわからない。知った気になるな。やった気になるな。本当にこれからの日本サッカー界に必要なこととは何か?

もう1度指導者が自分を顧みて、アップデートして、本当の意味で子どもたちの将来と向き合うべきタイミングだと思う。

根性や気合などがいらないと言っているわけではない。どちらかと言うと絶対に必要だ。しかし、それは我慢という押し付けから生まれるものの中には存在しない。指導者よ、いま一度自分をアップデートしよう!

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。22年8月に同大会75キロ以下級の王者に輝いた。プロとしては22年2月16日にRISEでデビュー。同6月24日のRISE159にも出場し、プロ2連勝中。175センチ、74キロ。

元年俸120円Jリーガーで、現在は格闘家として奮闘する安彦考真
元年俸120円Jリーガーで、現在は格闘家として奮闘する安彦考真