九州場所でしか味わえない「ちゃんこ」が、西中洲にある。元十両千代の海の店主岡部茂夫さん(71)が、丹精こめて仕上げる、つみれ鍋だ。アジ、アマダイ、タイの身などで作るつみれ、タイのあらやクエからにじみ出るダシは絶品だ。

 映画監督の山田洋次、女優吉永小百合、野球の王貞治も愛した鍋。だが、来年2月末で味わえなくなる。「75までやろうと思ってたんだけど。膝が…」。閉店を決めた岡部さんは、申し訳なさそうにつぶやいた。

 千代の富士と同郷の北海道福島町から出羽海部屋に入門したのは63年。途中、独立した当時の九重親方(元横綱千代の山)と部屋を移り、90キロ台の細身でも突き押しを武器に関取になった。74年に引退、惇子夫人の故郷福岡で「千代の海」を開業。「相撲界で下積みが長かったんで、人に仕えるより自分で何かしたかったんだ。ハハハ」。明るく誠実な人柄もあって、客の行列も絶えなかった。

 しかし、立ち仕事続きの料理人生活42年を支えた膝は、今では座敷に座るのも困難なほどに曲がらない。「この年齢まで生かしてもらって感謝しかない。桜が咲く前に、僕が散ろうと思ってね」。2階の裏窓から見える桜の絶景も、もう味わえない。【木村有三】