猪木さんの愛弟子で68歳になった今も現役を続けるプロレスラーの藤波辰爾は、天国の師の言葉を胸に、生涯戦い続ける。都内で猪木さんの通夜が行われた13日、日刊スポーツのインタビューに応じ、亡くなる直前に託された詩「生きる」について明かした。

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生きる

花が咲こうと咲くまいと

生きていることが花なんだ

今、いくつもの年を重ね

川の岸辺に目をやると

きれいな大きな大きな花が咲いている

今日も一日いくぞ

一、二、三、ダー

79才アントニオ猪木

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藤波は猪木さんが亡くなる2カ月前に、直筆サインの入った詩を2枚手渡された。「お守りだね。いろいろな詩(うた)をよまれていたのは知っていたけど、詩を頂いたのは今回が初めて。猪木さんの思いを託したんだろうね」。そう、温かい笑みを浮かべた。

サインをもらうのは約40年ぶり。人生でたった2度目のことだった。日本プロレス時代。自身が16歳の時から猪木さんと歩みをともにしてきたが「サインなんてもらいに行く勇気がなかった」と振り返る。78年に海外遠征から帰国し、新日本プロレスのトップレスラーになってからも「俺が誰よりもびんたをもらった」。いつでも、どんな時も、厳しい師匠だった。

1度目は、結婚直後のことだ。とある番組に出演した際に、猪木さんがゲストで登場。番組にかこつけてサインをお願いすると「何でお前に…」と言いながらも、照れくさそうに書いてくれたという。あの時のサインは、両親へプレゼントした。

そして、今回が2度目。「今度は自分のために」と、大切そうに言った。1度目の達筆のサインとはほど遠い。字は曲がり、手を震わせて書いたことが伝わってくる。それでも藤波は、確かな意志を感じ取った。「人からどう言われようと、戦っている自分の姿を見せろ。気にせずに信念を貫け。そういうことを言ってるんじゃないかな」。

98年にリングを降りてからも、猪木さんは実業家として、政治家として闘いの手を止めなかった。そして、死の直前まで、自身のユーチューブチャンネルでありのままの姿をさらけ出し続けた。「あの勇気はすごいよね。あの人の魂は、常に、亡くなるまで『闘魂』だったね」。その姿を50年以上、そばで見続けてきた藤波だ。「僕が猪木さんに代わるのは無理。だけど、藤波辰爾が猪木さんから得たものはリング上で見せられる」。体が動く限り、リングで戦い続ける。闘魂の火を、つないでいく。【勝部晃多】