10日に初日を迎える大相撲名古屋場所(ドルフィンズアリーナ)。2場所連続優勝を狙う横綱照ノ富士、初めてのかど番となる大関御嶽海や2度目の優勝を狙う関脇若隆景など、今場所も熱戦の15日間が期待される。

幕内での熾烈(しれつ)な優勝争いに注目が集まるが、三段目にも注目力士が1人。昨年6月に6場所出場停止処分を受けた大関経験者の朝乃山(28=高砂)が、西三段目22枚目でついに土俵に帰ってくる。多くの相撲ファンも待ちわびた復帰に合わせ「朝乃山 三段目からの再起」と題した連載を展開。第1回は「再起に向けた1年」。

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緊迫した空気の中、朝乃山は高砂部屋関係者の前で読み上げた。「先般よりマスコミ等で報じられています通り、朝乃山のコロナ対策ガイドライン違反により、関係各位、全国の応援してくださる皆様方に多大なるご迷惑ご心配をおかけし、心よりおわび申し上げます。大関という重責を担う立場でありながら、自覚が無い軽率な行動によって大変な騒動を起こしましたこと、部屋の師匠として私の不徳の致すところでございます…」。

21年6月。朝乃山は6場所出場停止処分を受けた。部屋によって作成された後援会関係者向けのわび状。高砂親方(元関脇朝赤龍)名義で書かれた文言を、朝乃山は部屋関係者の前で音読した。改心させるため、心を鬼にした部屋関係者によってあえて読まされたものだった。

入門後、とんとん拍子で大関まで出世。部屋関係者はこれまで朝乃山に対して遠慮があった。しかし、ガイドライン違反が発覚したのを機に、対応を180度変えた。叱責の声を遠慮なくぶつけ、反省を促して1度は突き放した。わび状発送後は「部屋は家族同然。こっちも気付いたことがあれば遠慮なく言うから一緒に頑張って行こう」と朝乃山に声をかけた。その後に出場停止処分が決まると、師匠はもちろん、裏方も一致団結して復帰までを支えてきた。

朝乃山は幕下に陥落した春場所から、他の若い衆同様に掃除やちゃんこ番などの雑用をこなしてきた。同場所の番付発表翌日、誰に言われるまでもなく、ちゃんこ場に立つ姿があったという。稽古後の食事を取る順番も関取時代は早い時間だったが、春場所からは他の若い衆と一緒、もしくはその若い衆の中でも遅めに取ることもあった。「処分が3場所ではなく幕下以下に落ちる6場所でよかったかもしれない。若い衆の気持ちも分かったことでしょう」と高砂部屋に近い関係者。大関経験者と周囲から特別視されることなく、自身も甘える気持ちを捨てて過ごした1年だった。

名古屋場所に向けて、朝乃山は後援会関係者に「相撲を取れる喜びと、どこまで取れるのか不安が入り交じっています。初心に戻り、皆さまに応援して頂ける相撲を取っていきます」などと決意を述べたという。

場所前には富山商高時代の恩師、浦山英樹さん(故人)からもらったしこ名「朝乃山英樹」の下の名前を、父の靖さんから授けてもらった本名の「広暉」に改名。三段目からの復帰は、16年春場所で三段目最下位の100枚目格で初土俵を踏んだだけに、再起をかけるにはこれ以上ない番付となった。これまでの相撲人生を背負い、再出発への1歩を踏み出す。【佐々木隆史】

◆朝乃山広暉(あさのやま・ひろき)本名・石橋広暉。1994年(平6)3月1日、富山市生まれ。相撲は小4から始め富山商高3年で十和田大会2位、先代高砂親方(元大関朝潮)、部屋付きの若松親方(元前頭朝乃若)と同じ近大で西日本選手権2度優勝など。16年春場所で三段目最下位格(100枚目)付け出しで初土俵。前頭だった19年夏場所で初優勝し、20年春場所後に新大関に昇進。187センチ、170キロ。

◆朝乃山の再入幕までの道のり 「番付は生き物」と言われるだけに自身だけではなく周囲の力士の成績などによって番付は大きく左右されるが、幕内復帰は最速で来年3月の春場所となりそうだ。名古屋場所で7戦全勝優勝なら9月の秋場所で幕下15枚目前後が予想され、番付運に恵まれて15枚目以内となれば7戦全勝で再十両が確実。最短で11月の九州場所で関取復帰の再十両に。さらに十両も2場所通過なら同年3月の春場所で幕内復帰となる。

<朝乃山の出場停止処分から復帰までの道のり>

▽21年5月 大関だった夏場所中に日本相撲協会作成の新型コロナウイルス対策ガイドライン違反行為となる、外出禁止期間の度重なる飲食店通いが発覚して同場所を途中休場。協会からの事情聴取で違反行為を否定するなどの虚偽報告をし、師匠の高砂親方が朝乃山の引退届を協会に提出。

▽21年6月 臨時理事会で出場停止6場所と6カ月50%の報酬減額の懲戒処分が下る。今後協会に迷惑をかける行為を行った場合に受理すること、そのことを了承する旨の誓約書を提出することで引退届は八角理事長預かりとなる。また、同時期に祖父が死去。

▽21年7月 かど番で迎えた名古屋場所を全休。

▽21年8月 父の靖さんが急性心原性肺水腫により64歳で急逝。

▽21年9月 大関から関脇に陥落。秋場所を全休。

▽21年11月 西前頭10枚目に陥落。九州場所を全休。

▽22年1月 東十両4枚目に陥落。初場所を全休。

▽22年3月 西幕下2枚目に陥落し17年春場所から続いていた関取の座から降りる。春場所を全休。

▽22年5月 西幕下42枚目に陥落。夏場所を全休。出場停止6場所が解ける。

▽22年7月 西三段目22枚目として名古屋場所から復帰。しこ名の下の名前を高校時代の恩師の「英樹」から本名の「広暉」に変更。

 

◆十両以上(関取)と幕下以下の差 給与は横綱300万円、大関250万円、三役180万円、平幕140万円、十両110万円で、幕下以下には支払われない。給料以外の待遇にも大差がある。関取は付け人がつき、部屋の外に住むことも自由。稽古では幕下以下は黒まわしだが、関取は白まわし。大銀杏(おおいちょう)を結い、土俵入りで化粧まわしをつけることも可能。場所入り時は車移動だが、幕下以下は原則電車などの公共交通機関での移動。