専科スター轟悠が、戯曲をもとにした名作「ミュージカル『シラノ・ド・ベルジュラック』」に、星組メンバーを率いて主演する。当初の6月から半年遅れの開幕。自粛期間中は、自宅にこもり「筋トレをして筋肉がついた」と笑う。より精悍(せいかん)さを増した「男役の体現者」が、新型コロナウイルスに揺れた20年、最後に開幕する劇団公演に臨む。シアター・ドラマシティ(大阪市北区)で12月4~12日。

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戯曲をもとにした今作は、剣豪詩人シラノ・ド・ベルジュラックが主人公。人並みはずれた大鼻を持つ男の純愛を描き、国内ミュージカルでは鹿賀丈史の当たり役として知られる。

「私も見に行ったことがあります。(鹿賀が)たいへん長いセリフを朗々と、こなしていらっしゃって、まさか自分が…。台本を受け取ったその日から夢でうなされるような、寝るに寝られない状態で(笑い)」

音楽は変拍子を含め、情緒豊か。古典的なセリフや言い回しも独特。特徴的な「つけ鼻」は、専門家が15分を要して着けるという。

「薬品が多いので、順番を間違えると、肌がただれちゃう。薬品の何とも言えないにおいがすごい。それに視界に入る。皆さん、マスクをされると、足元が見えにくいと思ったでしょうが、そんな感じです」

脚本・演出の大野拓史氏は、稽古中にも続々とアイデアを加えていく。

「お客様第一に、生徒の良さを引き出そうと。くすっと吹きだすような場面が増えた」。主人公の不器用さには「自分自身、決してうまく世間を渡れる人間ではない」と共感する。

劇団は今年、長期休止を余儀なくされ、宝塚大劇場は7月の花組公演で再開した。今公演も、もともと6月の上演予定だった。

「生徒全員がショックというか、ぼうぜんとした。私も同じ。とにかく再開を強く心に願い、そのためなら、どんな制約も受け入れるのが当然と思いました」

自粛中は生徒同士、朝焼けの写真などを送りあい、励ましあった。目に見えないウイルスとの闘いには「ピンクとか色がついていてくれればいいのに」などと、なるべく深刻にならないように話し、支え合った。

そして再開。だがその後、クラスターが発生した。

「つらい思いをした生徒もいました。ただ、宝塚歌劇として『全部ひとつ』に見られますが、今、5組でも(公演ごとに稽古し)会わないようにしています」

あらためて「生徒は、歌劇団に守られている」と実感もした。

「私は普段、自炊をしていますが、中には、ケーキ作りに励んだという生徒もおりました。それ、届けてもらいたいけど、外出ちゃダメだからねって。私はまあ、室内での筋トレで、筋肉がついたぐらい」

03年から務めた理事を7月に退任したが、変化は「ないです」。同じ専科の大先輩、松本悠里は来年1月に退団する。月組公演で、最後の舞台を務めている。

「おけいこ場にも、他の生徒は入室禁止なので、まだじっくりお話ができていない。お互い留守番電話に入れ合う感じで。とにかく、無事に東京公演を終えられることを願い、いつかゆっくりとお話できたら」

今作は、大揺れ20年の締めくくり公演になる。

「今、この作品をこのメンバーで、心して(最後まで)。応援してくださる方は、移動という危険を冒して来てくださる。来年へ希望は捨てず、現実はしっかりと受け止める。いつどう変わるか分からないけど、希望は捨てちゃいけない」

生徒なら誰もが背から学ぶ「男役の手本」は、きたる21年へ希望の灯をつなげていく。【村上久美子】

◆ミュージカル「シラノ・ド・ベルジュラック」(脚本・演出=大野拓史) 17世紀のフランスに実在した剣豪詩人を主人公に描かれた戯曲をもとに、1897年に初演。宝塚では95年「剣と恋と虹と」として舞台化された。見返りを求めることなく、純粋に人を愛するシラノの美しい心を描く名作として、多様な形で舞台化されている。

☆轟悠(とどろき・ゆう)8月11日、熊本県生まれ。85年入団。97年雪組トップ。02年に故春日野八千代さんの後継として専科へ、03年から理事。今年7月18日付で退任、特別顧問に就いた。00年「凱旋門」で文化庁芸術祭優秀賞、02年「風と共に去りぬ」で菊田一夫演劇賞。趣味は油彩画、デッサン画。168センチ。愛称「トム」「イシサン」。 

年内開幕最後の作品に主演する専科の轟悠(撮影・村上久美子)
年内開幕最後の作品に主演する専科の轟悠(撮影・村上久美子)