19日に前立腺がんのため、81歳で亡くなった歌手の守屋浩(もりや・ひろし)さんについて、大手芸能事務所ホリプロ堀義貴社長が23日、自身のツイッターを更新した。

堀社長は守屋さん死去の記事を引用し、「守屋浩さんのご冥福をお祈りします。守屋さんはホリプロ第1号タレントであり、第1回ホリプロスカウトキャラバンの実行委員長でもありました」とつづった。

守屋さんは58年からウエスタンバンド「スイング・ウエスト」のボーカルを務めた。60年に堀社長の父で同バンドのリーダーだった堀威夫氏(87)が立ち上げた「堀プロダクション」(現・ホリプロ)に所属した。守屋さんは59年に「泣かないで帰ろう」でソロデビューし、同年「僕は泣いちっち」が大ヒット。60年には紅白歌合戦にも出場した。76年に引退後はホリプロの社員に転身し、宣伝部長などを歴任。同社の柱事業「ホリプロタレントスカウトキャラバン」の立ち上げに携わり、第1回実行委員長を務めた。

ホリプロによると、守屋さんは2年前に前立腺がんが発覚。自宅のある静岡県伊東市内の施設で療養していたが、19日午後6時30分に亡くなったという。81歳だった。22日に近親者のみで家族葬を執り行った。

◆守屋 浩(もりや・ひろし)本名守屋邦彦。1938年(昭13)9月20日生まれ、千葉県出身。