テレビマンが審査員となり、優れたテレビ番組を表彰する第37回ATP賞テレビグランプリに、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」が選ばれた。今月7日、その授賞式が行われた。

アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を生み出した庵野氏に迫る番組で、映画シリーズ完結編となる「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の制作に取り組む様子を4年間にわたり取材したドキュメンタリーだった。映画製作の技術的な裏話もさることながら、印象に残ったのは庵野氏の変わり者ぶりと妥協のない姿勢。そんな同氏に密着し、「こんなところ撮っても面白くないよ」などとけむに巻かれるディレクターの苦労もじっとりと伝わる内容だった。

番組を代表して登壇したテレビ制作会社「スローハンド」のディレクター久保田暁さんは、受賞のコメントで「ひと言では言い切れないことがたくさんありました。放送できるのかという危機が何度もあり、それを乗り越えて放送できたのは奇跡ではないかと何度も思った」と振り返った。庵野氏からは「『とにかく面白いものだったら何でもいい』と言われていた」と、究極とも思えるオーダーがあったといい「面白いって何だ? とか、何でもいいってずるいなとか思いながらも、この番組がどうやったら面白くなるのかを追求していくべきなんだと、庵野さんにもらった言葉から感じていました」と語った。

4年もの間「面白いって何?」と自問し続ける作業は想像するだけで頭がおかしくなりそうだが、「エヴァンゲリオン主人公の碇シンジに『逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ』という有名なせりふがあるんですけど、本当にそんな感じで自分に言い聞かせ続けたロケでした。報われる瞬間もそんなになく…そんな中だったんですが、ちょっとだけ救われたかなと思います」と笑みを浮かべた。

取材期間中にはプロデューサーの持病が悪化、入院による一時戦線離脱もあったという。久保田さんは「庵野さんもそうですけど、我々も作りながら血を流した。長い時間編集をしていて、何度も編集室が葬式みたいに暗くなったこともあります」。最後は「皆さんに『もういいんじゃないか』と言われたこともあったんですけど、私がやらせて欲しいと言って、番組を一緒に作ってくださいました。プロデューサーをはじめ、編集の方にも感謝しています」と結んだ。

当然、我々はオンエアできる部分だけを見ているわけで「一番大変だったことは言えなくて。いろいろありました」と苦笑いで話す姿も印象に残った。カメラとペンでは取材対象者へのアプローチも全く別物だろうし、関わる人の多さや期間などの規模は比にならないが、「取材する」という一点においては想像できる苦労がある。「逃げちゃダメだ」という久保田さんの言葉に励まされた気持ちになった。【遠藤尚子】