歌舞伎界の若手女形、中村米吉(28)が京都南座「三月花形歌舞伎」(3月2~13日)に出演する。

コロナ禍の歌舞伎公演で、出演者は、最大限の緊張感を持って連日の舞台に取り組んでいる。米吉は「今までとは歌舞伎を取り巻く環境が激変しました」と戸惑いながら、1年ぶりの京都での舞台を心待ちにする。昨年11月に亡くなった人間国宝・中村吉右衛門さんについても心の内を明かした。(取材・三宅敏)

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新型コロナウイルスは歌舞伎界にも大きな変化をもたらしている。屋内の舞台で生身の人間が絡み合い、時には大きな声を上げなくてはならない。米吉は現在、東京・歌舞伎座「二月大歌舞伎」(25日まで)に出演中で、片岡仁左衛門(77)中村梅玉(75)尾上菊之助(44)中村雀右衛門(66)らそうそうたる顔ぶれがそろう。

「いつもなら、劇場に入ったらまず、先輩の部屋にあいさつにうかがうのですが、それもできなくなりました。自分の出番でない時には、舞台袖から先輩の芝居を見て勉強していたものですが、それもままなりません。早く以前のように戻ってほしいですね」と米吉は残念そう。

公演前には出演者全員がそろう「顔寄せ」が欠かせなかったが、それも今はなし。ベテランから若手へ、先輩から後輩へと、芸が直接伝承される歌舞伎の良さが危機にある。

「人間国宝の方から教えていただいたり、周りの人との雑談の中にも学びがあったので、人と会う機会が減ったのは寂しい限りです。それに今は大向こう(観客席からの掛け声)もありません。芝居の間(ま)にも変化が出ています」

手洗いはこまめに行い、楽屋で化粧をした後もマスクはしたまま。細心の注意を払いながら、連日の舞台を務める。ある日、父・中村歌六(71)が舞台に登場した際、その姿を見ていた米吉は妙な違和感を抱いた。いつになく顔がキラキラしていたのだ。なんと、フェースシールドを着用したままだった。ふつうではありえない、コロナ禍ならではのハプニング。

ある日、その父に電話があった。声の主は仁左衛門。「用事があったということで電話をいただいたのですが、今までそんなことはなかったので、ただ驚くばかりでした。これもコロナの影響ですかね」と米吉。

坂東玉三郎(71)とはYouTubeで連絡を取り合った。米吉が昨年、南座で「義経千本桜」を演じた時のこと。米吉の芝居を見て助言を送るため、玉三郎から「YouTubeで映像を送って」と指示された。それまでなら撮影した映像をDVDに焼いたものを郵送していたが、一気に時間短縮。米吉は連日、映像をアップし、玉三郎はそれをチェックしたという。時代の流れ、新しい生活様式も根付き、コロナ禍での工夫は進む。形は違えど、先達からの継承は続いている。

7歳で初舞台を経験した米吉が、本格的に女形を志したのは18歳の頃だった。

「女になる時は歌舞伎というフィルターを通して、自分の素は消えてしまいます。意外と乱暴な面もあって、根っこから女性的というわけではないですし」

楽屋で化粧する時は、男から女に変身する時。だから化粧する際は脚を崩さず、内面から女性に切り替える。ただ、知らず知らずのうちに女が自分に忍び込むこともある。

「紫吹淳さん(宝塚歌劇団の元月組トップ)とご一緒した際『もう少し脚を開いたらどう?』と指摘されました。意識しないうちに内股になることがあるみたいですね」と苦笑した。

3月の南座「三月花形歌舞伎」では、中村壱太郎(31)坂東巳之助(32)中村橋之助(26)中村隼人(28)らと共演。若手のホープがそろう。

「昨年3月以来の南座です。2年連続で出られるのはうれしいですし、午前午後の部ともに舞台に出られるのもありがたい。京都では志津屋さんのパンが好きなので、こちらも楽しみです」

実は甘党で、和菓子洋菓子ともに目がない。写真を撮ってインスタグラムに投稿することも。

「紛争地帯に甘いものを配ったら争いごとも収まると思えるほどの好物なんです。甘いものは世界を救う、ってね。でも、太ってはいけないので、節制はしています」

3月8日には京都で29歳の誕生日を迎えるが、舞台があるうえ、外出を控えるべき時期なので、出歩くのは難しそうだ。

その米吉の精神的支柱だったのが、昨年11月に77歳で亡くなった2代目中村吉右衛門さん。

「播磨屋一門だけでなく、歌舞伎界全体で大きな存在でした。いろいろ叱られたり、指導いただいたので、今も『今度会ったら何を言われるのだろう』という気持ちです。まだまだ未熟な身ですが、あの人の下で勉強していたのだから『やっぱりひと味違うね』と言われるようになりたい。吉右衛門さんの残した芝居を無駄にしないよう努めたいですね」

代々名前を受け継いでいくのが歌舞伎界の習わし。父・歌六の名について「いずれは襲名するかもしれないが、息子だから後を継ぐんだ、と思っちゃいけない。その頃にはわたし(吉右衛門さん)もいないのだから、努力を忘れるな」と米吉は告げられた。吉右衛門さんの精神は、若い米吉が背負っていく覚悟だ。

◆5代目中村米吉(なかむら・よねきち)1993年(平5)3月8日生まれ。東京都出身。父は5代目中村歌六。2000年7月、歌舞伎座「宇和島騒動」で初舞台。11年より本格的に女形を歩みだす。16年5月、米・ラスベガスで新作歌舞伎「獅子王」出演。19年6月、G20大阪サミット「KABUKI 2019」出演。21年、第42回松尾芸能賞新人賞受賞。屋号は播磨屋。身長170センチ。