小室哲哉(67)が24日、インターFMの「TMNETWORKスケルラジオ」に出演。伝記映画が大ヒット中のマイケル・ジャクソン(2009年6月25日死去)との交流秘話を明かした。6月25日は、2009年の同日に亡くなったマイケルの命日。
小室は1958年(昭33)11月27日生まれ。マイケルは1958年8月29日生まれで、2人は同い年。97年には、小室がパリ滞在中のマイケルと初めて面会し、その後、米カリフォルニア州サンタバーバラの「ネバーランド」での再会を経て、小室からの楽曲提供の計画も含め、親交があった。
小室が、マイケルと初めて対面したのは97年、フランス・パリの一室だった。海外進出を進めていた小室は当時、マイケルやローリングストーンズ、ドアーズなどの担当として知られる弁護士ジョン・ブランカ氏に「偶然、僕もちょっと頼んでいることがあって」という縁で、ブランカ氏から「マイケル会います?」と持ちかけられ、マイケルと会うことになったという。当時、英国のダイアナ妃がパリで事故死した後で、マイケルはワールドツアーを一時中断し、パリに滞在中だったという。
小室は「ダイアナさんがちょうど交通事故の時で、その時パリにマイケルもいたのかな。『ホテルで会いましょう』ということで」と語り出した。「まず行ったらフロントで手紙を渡されて地図みたいな。住所書いてあって。ここに来てくれる?と」と新たな行き先を告げられたという。そして次の場所に行くと「1回またフロントでここへ来てと」と、2回も“ニセ住所”のクッションを入れられたことを明かした。
まるで、スパイ映画や犯罪映画で捜査攪乱や追っ手をまく目的で、目的地到着までに何度もクッションを入れる、厳重なセキュリティー。世界のスーパースターのマイケルの“試練”をクリアし、ようやくたどり着いたマイケルの部屋に入ると「部屋に行かせてもらって。(マイケルは)こうスタンディングで握手はしなかったような気がしますね。あちらは座ってて。ベッドに座ってる。やっぱりなんか大きいんだな、本物は」と、実際に部屋で面会したマイケルが、想像以上に大柄だったと、リアルな感想を明かした。この部屋でマイケルから「ここじゃ音楽は聞けないよね」と言われ、後日、ネバーランドで会おうと約束。その後の交流に繋がっていく。



