★自民党の多くは尊王攘夷(じょうい)、つまり「天皇を日本の尊いリーダーとして敬う」と「日本に迫ってくる外国の勢力を武力で追い払い、鎖国を守る」という江戸時代末期の価値観を、ことに前段は踏襲している議員が多いのだとばかり思っていた。当時は幕府が朝廷(天皇)に諮らず米国から来たペリーと開国の約束を決めたことに尊王攘夷の空気が生まれた。尊王と攘夷はそこで重なった。
★最近の右翼は愛国のターゲットが多様化し、対中、対ロ、対韓などの領土問題を軸とするグループ、高じてネット右翼を軸とする排外主義、差別主義、ヘイトスピーチグループ、その先の陰謀論グループにまで広がりを見せるが、反中ロへの「反共」は「親米」に傾き「対米自立」を掲げるグループと対峙(たいじ)する場合もある。政界では80年代、中曽根内閣時代にそれまでの戦後政策を担った宏池会(宮沢喜一)や木曜クラブ・経世会(竹下登)の保守本流に対して中曽根康弘は保守源流と言い出し、微妙に自民党の路線に幅を持たせた。その後のリクルート事件や佐川急便事件の金権腐敗で党は分裂するが、保守の思想からというより、左派(野党)との共存が政治のベースになった。
★では最近の右翼・民族派は国民的な関心事となっている皇室典範改正についてどう見ているのか。右翼、神社本庁、日本会議などの保守系団体は自民党と同じで「神武天皇以来の万世一系(男系男子)こそが皇室の絶対的な伝統であり、これに手を加えることは皇室への不敬にあたる」との一貫した方針はある。一方「実務的尊皇派」の中には「男系男子にこだわりすぎて皇統が途絶えることこそが最大の不敬である。今の上皇・天皇ご一家のご意思や国民の感情に寄り添い、女性・女系天皇を容認すべきだ」との声もある。戦後の長い時間を経て国体の護持が天皇から米国に変わり、天皇は国民の象徴という憲法が浸透したのだろうか。どちらかと言えば天皇主義というより国家主義に寄り、その中の皇室の位置づけが変わったか。上皇陛下、今上天皇は戦後憲法の中で象徴としての役割に腐心をされ、平和主義をご公務の軸にされた。どうも万世一系派はそれがもどかしいようだ。(K)※敬称略


