★2日、日本新聞協会は本年度新聞協会賞ニュース部門に西日本新聞社の調査報道「歪んだ関係-福岡県政を追う」が選ばれた。今年70回目を数える同賞に全国紙が選ばれなかったのは41年ぶりという。全国紙の特ダネやスクープが減っているのと関係があるのか。それとももっと大きな新聞という媒体が、国民から乖離(かいり)してはいまいか。この時代、ネットに押され新聞への依存度が減っているのはわかる。だが「社会の公器」「社会の木鐸(ぼくたく)」という言葉を若い記者たちは知っているだろうか。
★混んでいる電車のマナーは今も色々あるが、そもそも電車のホームで新聞を買うという光景を、ほぼ見なくなった。狭い電車のスペースで丁寧に新聞を折り、畳まれた読むべき記事を上手に読むのも紳士のたしなみだった。以前はさまざまなスキャンダルや内部情報は野党政党か政治家、または新聞社に放り込まれた投書が始まりだった。今、新聞にタレコミは来ているだろうか。また受け取った社はそれを丁寧に裏取りし、調査する人材と能力を確保できているか。多くの新聞社が経営にあえいでいる。合理化は採算部門を手厚くし、カネのかかる編集部門にしわ寄せが行きかねない。記者を動かさず通信社に穴埋めを頼む。紙面は毎日出来上がるが、行間から伝わる熱量が低下してはいまいか。
★西日本新聞の受賞はそんな危機感を持つ新聞の熱量を行間から読み取れるテーマだった。県政の腐敗はどの県にもその“匂い”はある。ただ地方紙は県や市の行政当局と広告やイベントなどの事業でも連動する場合が多く、持ちつ持たれつになりやすい。最近の全国紙の政治部はものをいわないが国政にものをいうことと地方紙の報道部は少し位置が違う。薄々気づいていたものが、証言と告発で表に出れば、過去の取材の蓄積がものをいう。記者も取り込まれそうになったこともあるだろう。すでに他県でも同様の実態があるとの報道もあるが、県と議会の慣例やルールを見直せば全国の地方紙で県政や議会の謎の慣行はいくらでも洗い出せる。今回の西日本新聞の受賞は地方紙のやる気の喚起につながるものと期待したい。来春の統一地方選挙を前にやるべきことは多いはずだ。(K)※敬称略


