共同記者会見前に写真に納まる、左から河野太郎行革相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行(21年9月17日、撮影・江口和貴)
共同記者会見前に写真に納まる、左から河野太郎行革相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行(21年9月17日、撮影・江口和貴)

今月29日に投開票される自民党総裁選はまれにみる混戦で、票の見極めが難しい展開になっている。派閥単位がまとまって「勝ち馬に乗る作戦」が展開されてきた近年とは一転。飛び抜けて優勢な候補がいるわけでもなく、党内には若手を中心に、「自主投票」を求める声が拡大。派閥の重鎮たちも表だった締め付けができない状態だが、裏返せば、裏というか、水面下での攻防戦はより激しさを増している。

総裁選の直後に、各議員の当落がかかる衆院選が控える初のケースだけに、多くの議員たちが見ているのは誰が「選挙の顔か」。そして、自分の足もと。「人気投票」になってしまうのかどうか、自民党のバランス感覚も問われている。

総裁選の投票当日、各候補者の陣営は決起集会を開いて団結を確認。その際、みんなで弁当やカレーライスを食べるのがここ最近の恒例だった。昨年来の新型コロナウイルス拡大で事情はもちろん変わったが、前々回の2018年、安倍晋三氏と石破茂氏が戦った際は、安倍陣営は都内のホテル、石破陣営は党本部でそれぞれ験を担いでカツカレーを食べた。皿の数で票読みをする狙いもある。

この時、安倍氏陣営でカツカレーを食べた議員の数が、実際の投票者数よりも3人多かったとして「食い逃げをした議員がいる」と発言した幹部がいて、話題になった。食べ物の恨みは大きい以上に、圧勝が求められていた安倍氏陣営にとっては思わぬ「裏切り」だったことも、怒りを増幅させた。

自民党総裁選投票直前の会合で、カツカレーを食べて験を担ぐ石破茂元幹事長(18年9月撮影)
自民党総裁選投票直前の会合で、カツカレーを食べて験を担ぐ石破茂元幹事長(18年9月撮影)

野党が「総裁選にかまけていないで昼間は国会を開け」と憤るように、総裁選は自民党というコップの中の争い。それでも次の首相を決める一大イベントであることも確かだ。首相の握る権力は強大。昔から総裁選では、激しい権力闘争が繰り広げられてきた。特に、昭和の時代の議員票獲得争いは、本当に熾烈(しれつ)を極めたようだ。

先日、当時を知る関係者に話を聞く機会があった。「激しさは、今と天と地ほどの差がある」と教えてくれた。

いわゆる「角福戦争」など、田中角栄元首相が力を持っていた時代。投票日前日の夜、派閥議員は全員集められ、都内のホテルの部屋に宿泊。部屋の前には議員が抜け出さないように「監視役」が置かれる徹底ぶりだったという。翌日、議員たちは1台のバスに乗せられ、会場に向かったという。「○○派が××億円で買われた」などのうわさも飛びかい、流れた資金の額を示す「ニッカ」「サントリー」などの隠語も、普通に飛び交っていたという。

この人物は「誤解を恐れずにいえば、当時の総裁選は自民党の一種の活力だった。候補者も天下国家を論じ、スケールが大きかった」と話した。その上で「世の雰囲気も変わったとはいえ、今は候補者が国家天下を堂々と論じるようなこともない。用意された勝ち馬に乗ろうと、議員は右往左往するばかり。権力闘争というより、権力ゲームですよ」と複雑な思いも吐露していた。「カレー食い逃げ事件」など、取るに足らない話だとも。

派閥に属する議員が団結を示すため、いっしょに弁当を食べる行為は「一致結束箱弁当」といわれ、自民党の強大な派閥の結束の象徴のようにいわれてきた。総裁選での票の切り崩し、引きはがし、囲い込み。「数の力」がすべてを決めるのは今も昔も同じだと思うが、今回は「数の力」の中身が問われる闘いで、有権者もそこを注視しているのではないかと思う。【中山知子】