写真撮影で四股のポーズを取る安倍晋三氏(2013年1月31日撮影)
写真撮影で四股のポーズを取る安倍晋三氏(2013年1月31日撮影)

2022年最初の場所となった大相撲初場所が、今日1月23日に千秋楽を迎える。年に3回の東京開催場所では、時の総理大臣が両国国技館に出向いて、優勝力士に内閣総理大臣杯を渡すことが多い。コロナ禍になる前は、恒例ともいえる風物詩だった。NHKの生中継もあり、政権の調子がよい時は観衆や国民へのアピール、良くない時はなおさらそのチャンスになる。

しかしコロナ感染拡大が終わらず、ここ2年あまり首相が国技館を訪れる機会は失われている。安倍晋三氏→菅義偉氏への首相交代劇直前の19年5月、安倍氏がトランプ前大統領夫妻を伴い訪れた夏場所以降、首相による内閣総理大臣杯授与の機会はない。杯の渡し方やスピーチなどそれぞれ個人の特色があり、興味を持ちながら取材してきた。

首相と大相撲のエピソードは割と多い。取材で接した何人かの首相とお相撲のかかわりを記してみたい。

  ◆  ◆  ◆

【アンチ大鵬】安倍晋三氏は2013年2月、その1カ月前に亡くなった横綱大鵬の納谷幸喜さんに国民栄誉賞を授与した。授与に先立ち、スポーツ紙各紙によるインタビューの機会があり、子どものころの相撲観戦について話題が及んだ。大鵬に国民栄誉賞を授与するのだから、てっきり大鵬ファンだと思ったら、安倍氏は「アンチ」だったと告白。「大鵬キラー」と呼ばれた明武谷(みょうぶだに)という力士を応援していたと聞いた。

最高位は関脇だが、大鵬から金星も奪っている。「背が高く細かった。私もやせっぽちだったので」共感する部分があったようだが、「アンチ」でもやはり大鵬の取り組みは気になったという。「立ち居振る舞いだけでなく見た目も美しかった」と振り返り、四股のポーズも取ってくれた。

【助太刀なし】野田佳彦氏はプロレスをはじめ格闘技好きで有名だが、就任した2011年9月、直後の秋場所で国技館を訪れ、横綱白鵬に内閣総理大臣杯を渡した。体格の良さも相まって、ほとんど「土俵入り」状態。土俵にあがると、約40キロある杯を抱える前に、肩を2度ぐるぐる回してウオームアップ。杯はずしりと重く、ほとんどの首相は介添人の助けを借りるが、野田氏は自力で白鵬に杯を渡した。役を終えると四方にあいさつし、国技に触れた喜びがにじんだ。翌日から首相として初の予算委員会を控える中での国技館デビューだった。

白鵬に内閣総理大臣杯を渡す首相時代の野田佳彦氏(2011年9月撮影)
白鵬に内閣総理大臣杯を渡す首相時代の野田佳彦氏(2011年9月撮影)

【うっかり…】麻生太郎氏は2009年夏場所で、初Vとなった日馬富士に渡した。その際、表彰状を手渡した後でそのまま土俵を下りかけたため、周囲があわてて促し、あらためて杯を渡すという珍しいうっかりハプニングがあった。実は麻生氏、首相退陣後も土俵上にたびたび登場している。第2次安倍内閣で副総理兼財務相だったが、毎年11月に地元福岡で行われる九州場所では盟友安倍氏の名代として杯を優勝力士に渡してきた。その際は、必ず紋付きはかまの和装だ。

【熱狂と冷静】民主党政権最初の首相となった鳩山由紀夫氏が国技館を訪れたのは、就任直後の2009年秋場所。政権交代直後で国民の期待が高かった時期でもあり、場内の「主役」を優勝力士から奪うひと幕も。勝負色の金色をあしらったネクタイで夫人を伴った鳩山氏に「鳩山コール」が起きる、異例のムードだった。その約9カ月後、鳩山氏は退陣。後を継いだ菅直人氏が国技館デビューしたのは、鳩山氏が訪れてから1年後の秋場所だったが、場内の歓迎ムードも薄く、民主党政権に対する熱気はしぼんでいた。

【約束を守る】近年の「首相と国技館」を語る上で有名なのは小泉純一郎氏。2001年5月場所。首相に就任したばかりの小泉氏が、けがを乗り越えて優勝した横綱貴乃花に「痛みに耐えて、よおーく頑張った。感動した!」と、絶叫した。また、首相退任前最後の九州場所となった2005年11月には福岡に飛び、1年の6場所すべてで優勝した朝青龍に、総理大臣杯を渡した。小泉氏は前年2004年夏に朝青龍が官邸を表敬した時、年間6場所をすべて優勝すれば自ら杯を渡すと公言していた。約束を守った形で「新記録、大記録、お見事だ」と、この時も絶叫で偉業をたたえた。

◆  ◆  ◆

菅義偉前首相は第2次安倍政権の官房長官時代に3度土俵にあがり、授与の役を務めたが、2020年9月から1年あまりの首相在任中はずっとコロナ禍で、首相として杯を渡すことはついにかなわなかった。そして、今年の初場所千秋楽の23日も、岸田文雄首相が国技館を訪れる予定はない。意外に「筋肉男子」でもある岸田首相が在任中に両国を訪れる時が来るとすれば、コロナ禍収束のタイミングとなるのかもしれない。【中山知子】