「3A」が結集し話題となった自民党の「半導体戦略推進議連」で会長を務め、勉強会であいさつする甘利明氏(2021年6月15日撮影)
「3A」が結集し話題となった自民党の「半導体戦略推進議連」で会長を務め、勉強会であいさつする甘利明氏(2021年6月15日撮影)

安倍晋三元首相の衝撃的な死から、3週間が経過した。銃撃犯の旧統一教会をめぐる過去と現在、さらには政治家と旧統一教会の深い関係など、銃撃事件を機にさまざまな問題が明るみに出た。事件の背景は犯人が鑑定留置に至り、全容解明には時間がかかりそうだ。

そんな中で、本来もめてはいけない、もめるようなことでもないことで、ゴタゴタが起きている。衆議院で行われる安倍氏への追悼演説の人選をめぐる、混乱だ。安倍氏が存命中、麻生太郎副総裁とともに緊密な関係を築き、頭文字から「3A」と呼ばれた甘利明前幹事長が行うことで最終調整という報道が出たとたん、自民党、野党双方から異論が相次ぐ事態になった。

もめごとになった背景は、まずは唐突感。8月の臨時国会の会期が正式に定まらない中、与党側が最終日と見込む8月5日に演説を行うとする「日程ありき」で進んだこと。さらに、甘利氏が第2次安倍政権の経済再生相時代に起きた「政治とカネ」の問題で、2016年1月に会見で辞任を表明したものの、取材していても納得できる説明が聴けないまま表舞台を去り、「説明責任」という宿題を今も抱えていること。そんな経緯もあって、幹事長として臨んだ昨年の衆院選で、小選挙区でまさかの落選。国民感情から見ても、疑問符がつく人選だったからだ。

経済再生担当相の辞任会見に臨む甘利明氏(16年1月28日撮影)
経済再生担当相の辞任会見に臨む甘利明氏(16年1月28日撮影)

自民党の首相経験者には、野党の党首級が追悼演説を行ったという「慣例」が持ち出され、野党だけでなく自民党内でも「不適任」の声が拡大。甘利氏が自身のメルマガで7月20日、安倍氏亡き後の安倍派について「誰ひとり、現状では全体を仕切るだけのカリスマ性もない」などと切り捨て、安倍派の猛反発を招いたことも大きかった。

甘利氏自身は、7月29日放送のTBSCS「国会トークフロントライン」に出演した際、「(高木毅)国対委員長から内々に(遺族の)ご意向があるが、もしそうなったらお受けしますかと打診があった。野党と交渉する中で(甘利氏という)話が出てきたと思う」と、あくまで内々の打診だとした上で「私が申し出た話ではない。遺族のご意向が最優先という議運のルールになっているようで、それに従ってことが進むこと。私が干渉する問題ではない」と述べた。

ただ、ここまでミソがついてしまったことで、甘利氏の追悼演説は「幻」になったとの声がもっぱらだ。「遺族のご意向」は優先されるべきだが、安倍氏ほどの立場の人の、しかも国会での追悼演説が、ご遺族の意向だけで決まっていいのかという声も少なくない。

政界関係者に話を聞くと、一連の流れには安倍氏なき後の自民党内の「主導権争い」の一端も、かいま見えるとのことだ。甘利氏は「3A」の“盟友仲間”麻生氏と近く、麻生氏は副総裁として党ににらみをきかせる立場。昨年の自民党総裁選で派閥の異なる岸田文雄首相の支持をいち早く表明した甘利氏は、麻生氏の派閥に属する。衆院選で比例で議席を得たものの、幹事長も辞任に追い込まれ、最近は要職にはなかった。そんな甘利氏の「復権の場」(関係者)とする思惑も、麻生氏らにはあったのではないかとの見方だ。

しかし、安倍氏の名前を今も冠する清和会の反発を買い、自民党内の反発の大きさも露呈。与党内への根回し不足も大きかった。

本会議場で行われる、亡くなった議員に対する追悼演説は何度か取材したが、厳かな雰囲気だ。記者席の上の席で遺族も見守る中、政治的な立場は違っても、与党も野党も追悼する人物を静かに悼む雰囲気に包まれる。

2000年5月30日、在職中に病死した小渕恵三元首相の追悼演説に立った社民党の村山富市元首相は、一般的な評伝だけではなく、自身の妻に小渕氏の妻を通じた気遣いがあったことなど、プライベートでのふれあいも明かした。また、2008年1月23日、がん闘病の末に死去した旧民主党の参院議員、山本孝史氏に、自民党の尾辻秀久参院議員が行った「哀悼演説」(参院では呼び方が異なる)は、病をおして最後まで政治活動を続けた山本氏に涙ながらに語りかけ、政策を通じた「同志」として敬意を示する内容で、今も「名演説」として関係者の記憶に刻まれている。

仮に甘利氏が追悼演説を行ったとしても、安倍氏とのエピソードには事欠かないかもしれない。ただ、その場にいる全員が共感できる場となるか、疑問だ。

菅義偉前首相(21年6月撮影)
菅義偉前首相(21年6月撮影)

秋の臨時国会に先送りされそうな追悼演説の語り手はだれになるのか。葬儀で弔辞を読んだ麻生氏や、官房長官として「安倍1強」をつくりあげた菅義偉前首相、野党時代の自民党総裁だった安倍氏に、「私は解散をしてもいいと思っています」とドスのきいた声で衆院解散を呼びかけ、安倍氏が「約束ですね。よろしいんですね」などと応じた立憲民主党の野田佳彦元首相らの名前が、甘利氏以外に上がっている。

安倍政権ではとかく「お友達」の重用が問題視された。「盟友」も大きな意味でいえば、「お友達」のカテゴリーかもしれない。国会での自身への追悼演説まで、「お友達」の問題が浮上してくるとは、安倍氏も思っていなかったのではないだろうか。【中山知子】