「岸田さんには、リアルな情報が入っていないのではないか。裸の王様のようだ」。こんな声が野党幹部から聞こえてきたのは、6月9日に衆議院内閣委員会で可決された、LGBTなど性的少数者への理解増進法案の修正をめぐる自民党内のドタバタ劇。2年前に超党派で合意した法案内容を、党内の保守派に配慮して文言を一部変更し、当初は「一言一句、替えることはできない」とかたくなだった自民党が、あっさり与党案の修正に踏み切った。
背景には、首相からの指示があったといわれている。法案成立への危機感がその理由だったとも伝えられている。
先月18日に与党案が国会に出された後、立憲民主と共産両党が、超党派の合意案を対案として国会に提出。5月末には、日本維新の会と国民民主両党が「第三の案」を提出した。政権と是々非々の立ち位置でもある維新と国民が対案を出したことで、全会一致が原則の議員立法なのに3案が並び立ち、「対立法案」のような形になった。日程的にもどこまで審議が進むか、法案成立への道筋も不透明な状況になっていた。
関係者を取材すると、維新と国民の案にある「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう留意する」の言葉に、自民党内には評価の声があったという。一方で、9日の与党修正案可決後に記者会見した当事者の支援団体からは「結局、マジョリティーへの配慮しか気にしていない。マイノリティーを押さえつける意味合いを持ち、大変危険が大きな文言だ」と激しい反発が出た。
一連の流れから、法案の中身を吟味するというより、成立ありきで、体裁が整えられたという印象を受けた。それを指示したのが首相なのであれば、法案に対する思い入れの度合いも、おのずとにじんでくる。
1度方針を出しても、間違ったり適切ではないと判断すれば、後の変更も気にしない「朝令暮改」ぶりは、これまでいわれてきた首相の政治スタイル。最初は「聞く力」のたまものといわれていたが、そういうパターンが増えてきたことで、だんだん「行き当たりばったり」とやゆされる一因にもなっている。今回の法案修正は、まさにその真骨頂だったように感じた。
野党案を丸のみしてまで同法案成立を急ぐのは、首相の衆院解散・総選挙に向けた戦略と直結している。解散権は首相にあるのだし、いつ踏み切るのかは、首相の選球眼、センスが問われる問題だ。今、永田町では「6月21日の会期末前後に解散はある」「会期末解散はない。夏に党役員人事と内閣改造をやって秋だろう」と、2つの見方がある。岸田首相は解散の可能性に関して「今は考えていない」と繰り返す。「今ではなければ考えるのか」とも読み解けるが、首相はそれ以上、踏み込まない。
かつて、解散に関して「頭の片隅にも真ん中にもない」と言った安倍晋三氏は「風は気まぐれ。誰かがコントロールできるようなものではない」と口にした。確かに解散風は永田町でどこからともなく吹いてくるものだが、強まることもあれば弱まることもある。G7広島サミット前後の支持率上昇や昨年末の首相公邸忘年会騒動による長男の秘書官更迭など、短期間のうちに岸田首相にとっていいことも悪いことも起き、そのたびに風は吹いたりやんだりしている。国会の会期末まで10日あまりとなり、立憲民主党が会期末の「恒例行事」ともいわれる内閣不信任決議案を提出した場合、首相がこれに対抗して衆院を解散するのではないかという疑心暗鬼から、また解散風は強くなっているように感じる。
これほど短期間のうちに解散風が吹いたりやんだり、また強まったり。なかなかないことだと感じる。ただ不思議なのは「なぜ解散するのか」という理由が、今の段階ではほとんど見当たらないことだ。そんな中、与党も野党もメディアも「解散風」という、見えない風に振り回されてしまっているのが現状だ。
岸田政権では、解散風でさえ「朝令暮改」なのかもしれない。12日から始まる最終盤の国会審議の中で、風の答えは示されることになる。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


