「岸田さんは今、権力者として絶頂の気分ではないか」(永田町関係者)。

この2~3カ月あまり、強まっては弱まり、弱まっては強まっていた、岸田文雄首相が今の通常国会で衆院解散に踏み切るのか踏み切らないのか問題は、首相が15日に自分の口で否定したことで、突風が突如やむ形であっけなく幕切れとなった。解散になればクビとなる国会議員の中には、選挙準備に走りだした事務所もあったし、報じる側も「この状況で解散なんかするか?」と思いながらも、もしかしたらの思いが頭の隅にちらついた。そんな騒動が、首相のひとことでぱっと消えてしまった。

関係者を取材して出てきた冒頭の言葉は、「伝家の宝刀」と呼ばれる首相しか抜けない解散権の使い方を、首相自身があらためて認識する機会となったことへの評価だが、けしてほめた調子だったのではない。結果的に首相以外の人間は振り回され、疲労感はぬぐえないからだ。

ずっと「今は考えていない」と言質を取らせない言葉の濁し方で意識していないような姿勢をみせていた首相が、6月13日の記者会見で「会期末間近にいろんな動きがあることが見込まれる。情勢をよく見極めたい」と、ファイティングーポーズのような言葉を口にしたら、国会周辺は大騒ぎに。国会の審議状況や野党の動きをまさに「見極め」た上での、解散しません宣言だった。内閣不信任決議案提出の時期を模索していた立憲民主党の機先を制する意味も込められており、一連の解散風騒動は首相の「自作自演」といわれても仕方ない流れだった。

思えば、首相のいとこに当たる自民党の宮沢洋一・税制調査会長がG7広島サミット直後の会合で、野党から不信任決議案が出されたら「首相の性格からすると受けて立つ可能性も高い」と話したことが、解散風が強まるきっかけになった。その宮沢氏は、首相が「情勢を見極めたい」と話した記者会見翌日の6月14日に首相と官邸で面会。帰り際に「生々しい話をした」「とても皆さんにはお話できない」と、思わせぶりなコメントを残した。報道陣に見える形で出てきて、思わせぶりなコメントを残すのは、何か目的があってのことだったはずだ。

このやりとりを聞いて思い出したのが、かつて小泉純一郎首相(当時)が衆院解散に踏み切るかどうか騒がれていた時に残した「あの言葉」だ。

小泉氏が持論の郵政民営化を争点に衆院解散に踏み切る直前2005年8月6日、小泉氏に面会した森氏が報道陣の前に出てきて「干からびたチーズと缶ビールしか出さなかった」「おれもさじ投げたな」と、ビールの缶という小道具も用いながら、小泉氏の本気度を「代弁」したことがあった。後々、森氏は週刊誌のインタビューで、小泉氏から怒ったように出て行ってほしいと求められていたことを明かしていたが、小泉氏は実際に2日後、参院で法案が否決されたことを理由に衆院解散に踏み切った。民営化の是非を国民に問う大義で行われた選挙で、小泉自民党は圧勝した。

解散に向けた首相の意思を示唆した森氏の言動(ある意味芝居がかっていた)は、今も語り草となっている。一方、今回の宮沢氏の言葉からは、首相の「覚悟」を示唆するような言葉はなかった。振る舞いも含めて「仕込み」は不発に終わったようにみえる。今となっては首相にどこまで覚悟があったのかも分からない。

今回、このタイミングでの解散に反対していたとされる自民党の麻生太郎副総裁も2008年9月の首相就任直後、高支持率の「ご祝儀相場」の間に解散に踏み切るべきとの声があった。リーマン・ショック対応などに追われ、翌2009年6月の東京都議選惨敗後に衆院解散に踏み切ったが自民党は敗れ、野党に転落した。解散に踏み切るタイミングや戦略の大切さを体現した人物でもあった。

今回、岸田首相も当時の麻生氏同様に、解散に踏み切らず、解散権を温存した。悪い影響を指摘する声も少なくない。1度封じた解散権を次、いつ使うのか。周りの反応も含めてハードルは上がったと指摘する声の一方、「行き当たりばったり」といわれる首相の政治手法を考えると、想像できない形で伝家の宝刀を抜いて来ると予想する人もいた。岸田首相が垣間みせた権力者の顔に振り回された側の徒労感は、今もまだ続いている。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)

岸田文雄首相(2023年5月撮影)
岸田文雄首相(2023年5月撮影)