国会議事堂や自民党本部がある国会周辺は例年、師走の季節にはイチョウ並木が金色に色づき、この時期になるとすっかり落葉して季節の移り変わりを感じさせる。ただ今年は例年にない酷暑が続いたからか、例年より落葉のタイミングが遅く、木にはまだ金色の葉っぱが多く残ったままだ。

そんなイチョウ並木の近くに、派閥パーティーをめぐる「裏金」問題の渦中にある安倍派(清和政策研究会)の事務所が入るビルがある。近く東京地検特捜部の強制捜査が入るとの観測が出てからは、メディアが張り込みを続ける場所になっている。こちらも例年には見られない光景だ。

自民党最大派閥安倍派の派閥パーティーをめぐる政治資金問題は、パー券販売の一部が議員側にキックバックされ裏金となった疑いがあり、キックバックを受けていた議員の数や金額も日々、報道が増える状況。「政治とカネ」というフレーズの枠を超え、かつて日本政治を揺るがしたリクルート事件をほうふつとさせるため、野党議員からは「こんな、あしき歴史が繰り返されていいのか」と批判する声も増えている。

その舞台になった安倍派への批判も、内外で止むことはない。

そもそも政治における「派閥」という言葉は一時、あまり使われなくなったことを覚えている。昭和の時代には、お金や人事(ポスト)や選挙支援のために人が集まり、それそれがしのぎを削ることが自民党の力の源にもなっていたが、「政治とカネ」でさまざまな問題が起き、派閥はあくまで「政策集団」だと呼ばれるようになった。ただ実質的に中身に変わりはない。

今の永田町の権力闘争にはよくも悪くも「数の力」に頼らざるを得ず、だからこそ岸田首相も党内最大派閥の安倍派という「数の力」を利用し、生かする形でここまで政権運営を続けてきた。しかし今回の裏金問題で岸田首相は、安倍派との距離を置く方針に転換し、「安倍派一掃」「安倍派切り捨て」の手法に出た。

当然、安倍派からは反発の声も出たが、逆に宮沢博行前防衛副大臣のように、派閥から政治資金収支報告書への記載はしなくていいと言われたとし、それを「しゃべるな」と「口止め」されていたと暴露する議員も現れ始めた。幹部たちは一様にダンマリだが、所属議員からは、上が守ってくれないならとばかりに、ぽろぽろと告白が出始める。自民党関係者が「もはや派閥の混乱というか、機能していない」と嘆く状態に陥っている。

清和会をめぐる「錬金術」は最近始まったものではないという指摘も出てきた。かつて自民党職員を務めた政治アナリストの伊藤惇夫氏は、14日に行われた立憲民主党の調査チームの初会合に出席し、30年以上前の1991年6月に体制がスタートした、安倍派の前身三塚派(三塚博会長)のころから「裏金づくり」のシステムが存在していたと聞いたことがあると話し、「あしき伝統芸」とも指摘した。

清和会会長は三塚氏の後、森喜朗、小泉純一郎、町村信孝、細田博之各氏が務め、安倍晋三元首相が引き継いだ経緯がある。その森氏は昨年5月の安倍派パーティーで「派閥で『100人近い数がそろった』『あと何人で100人になる』なんてやってたときがいちばん危ない。それで滅びたところがたくさんある」と指摘していた。

その直後の安倍晋三氏の死去で派閥を統率する人がいなくなり、今も会長不在の状態。将来の会長候補と目され今年8月末に登場した有力幹部「5人組」が、今回の問題で全員が就いていた職を追われたり、今後追われる事態となり、安倍派は先導役を失った形になっている。集金システムが問題視され、イメージの悪化もあり、いずれ分裂は避けられないとの声も聞いた。もしかしたら、森氏の「予言」が的中しかねない事態になっている。

安倍派の毎週木曜日の定例総会には、多くの所属議員が集まり、議員たちにはお弁当が配られてきた。取材に行くとチェックしていたが、老舗店のうな重だったこともあれば、人気店のハンバーグ弁当だったこともある。このお弁当の手配をしていたのが、派閥運営を取り仕切る事務総長を務める高木毅国対委員長(辞表を提出)。関係者によると、高木氏は弁当選びのセンスが良く、所属議員には好評だったという。

毎週の総会で全員で同じ弁当を食べて結束を強めるシーンは、昭和の時代から「一致結束箱弁当」と呼ばれ、各派閥の伝統のようなものになってきた。捜査の進展次第では、今後はこうした集まりも従来と同じ形でできるのか、不透明になってきた部分もある。

例年にない永田町の師走の風景は、これから始まる政治の混乱を示唆しているように感じられてならない。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)