理想と現実。昨年10月の首相就任後、今年2月の衆院選での歴史的圧勝をへて、「数」という大きな力を得て進んできた高市早苗首相。首相として初めて臨む予算案の編成という大仕事において、ここにきて初めてぶつかったのが「現実」という名の壁だった。

3月末の予算案成立を目指して、時の政権が通常なら国会で審議を行う1月から2月にかけての約1か月間、「私か、私以外か」を争点に、衆院解散総選挙に踏み切った高市首相。通常なら行われる審議のタイミングに空白期間を自らつくってまで国民に信を問い、そして「数の力」を手にした。すると、まるで空白期間はなかったかのように例年どおりの年度末までの予算案成立をにらみ、「前代未聞の『帳尻合わせ』」(野党関係者)を断行。数の力を持つ衆議院では、高市首相の意をくんだ自民党の予算委員長による職権乱発で、議論に生煮え感を残したまま、予算案が通ってしまった。

しかしその後、途中に米国訪問をはさむ形となった審議が始まった参議院は、自民党は圧倒的「数の力」を持たない少数与党。首相の「強行突破路線」は通じず、これまでのイケイケ感は途端に消えてしまった。

複数の関係者に話を聴くと、高市首相は参議院でも与党幹部に「かなり審議をせかした」ようだ。ただ、「衆議院の下請け路線を嫌う参議院自民党は、簡単に応じなかった」。自民党だけではものごとが決まらない現状を含め、参議院では与野党で一定の協調関係があることも重なり、高市首相の思うようには進んでいないのが現在地だ。

政府は27日、高市首相が望む、予算案の3月末までの年度内成立が実現できなかった場合を見通して、11年ぶりとなる暫定予算案を国会に提出した。ある野党関係者は「高市総理のわがままに、みんなが振り回されている感じだ」と口にした。

昨年秋、3度目の出馬で総裁選を勝利した高市首相は、自身の理想を現実に形にしようと、衆院で少数与党の間は交渉に苦労を重ね、衆院選後に1強状態になってからは、一直線に進み続けてきた。そこに、他者が疑問を挟む余地はほぼない。そんな流れを少し止めてしまった「現実の壁」というものの存在を、あらためて実感する機会になっているのかもしれない。

2月の衆院選は、「なぜ今」といわれたタイミングで行われた。予算案の審議をとにかく急ぎたかったのは、自身の判断や大勝した選挙結果を踏まえて、自身の選択は間違っていなかったと正当化したい側面があるためとみられている。日本国内の政治の流れとはまったく関係ないところで米国とイスラエルによる想定外のイラン攻撃が始まったことから、国民生活に影響を与えないためには新年度の予算を1日も早く成立させたい、という高市首相の主張自体は、もちろん成り立つ。そこがうまく着地できていないのは、高市首相や、その意を受けた自民党の「乱暴な手法」(国会関係者)に、与野党の不満がくすぶっているからだと感じる。

前出の野党関係者は「『私には力がある。困難といわれた予算の年度内成立も成し遂げた』という力の演出にこだわるのではなく、力を持っていてもちゃんと野党にも向き合う懐の深さが、今の高市さんには足りない」と、嘆くように口にした。

暫定予算案についても、政府は「不測の事態に備える」ためとしているが、「(衆院での予算案審議時から)容易に予想できた事態」(国民民主党の玉木雄一郎代表)だとして、高市首相の政治手法に冷ややかな見方も増えている。

過去に「1強」と呼ばれた政権でも、野党はその手法をめぐって「政権与党のおごり」などと、厳しく批判してきた。ただ、現在については、「『おごり』などという生やさしいものではない。高市首相がやりたいか、やりたくないかで進んでいる。自民党内の苦言も、どこまで総理に届いているのか分からない」との指摘も耳にした。

永田町を長く見てきたベテランは「自民党が2月の衆院選に勝てたのは、自民党がいいからではなく、野党が自滅したからだ。その現実を忘れてはいけない」とくぎを刺す。「イラン問題が長期化した場合、ガソリンを含めた物価高、電気ガス料金高など、国民生活の苦しさがじわじわ高まってくれば、今は高止まっている内閣支持率も、どうなるかは分からない」。

「数の力」というガソリンを満タンに爆走していた高市政権は、参議院という現実の壁にぶつかったことで、いったんスピードが落ちた。前出のベテランはこうも語った。「人生と同じで、何でも思い通りにいくことはない。急がば回れ、ということを高市首相はもう1度、胸に刻んだ方がいいのではないか」【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)