これまで国会で「決戦」「対決」ともいわれてきた与野党の議論の姿は、少し変わりつつある。2月の衆院選で自民党が爆勝し、揺るぎない「数の力」を手に入れた。高市早苗首相は委員会や本会議などで国会に出てきて答弁しているが、野党からは歴代総理に比べれば、時間が少ないと不満の声もある。明日6月22日に行われる衆参両院の予算委員会は、当初野党側が求めた時間の半分以下となる、それぞれの院で3時間ずつの計6時間。高市政権の政策に加え、野党からは中傷動画疑惑報道をめぐる質問も予定されている。
そんな中、「丁々発止」という議論のあり方からちょっと遠ざかっていると感じるのが、党首討論だ。今の国会で初めて5月20日に開かれた党首討論は、野党6党首が質問に立ち、1人の持ち時間が細分化され、最長の国民民主党の玉木雄一郎代表でも12分。党首討論の当初の目的は、国家の基本政策や国民の関心の深いテーマを、官僚のサポートが入らない場で党首同士が堂々と論じ合うという趣旨だったように記憶しているが、基本的に野党党首から首相への一方通行の質問であまり議論は深まらず、質問時間が短ければ短いほど、「討論」にはほど遠い雰囲気になる。
英国の「クエスチョンタイム」をモデルに、1999年11月に始まった日本の国会の党首討論。当時民主党代表だった鳩山由紀夫氏から、小渕恵三首相のその日の朝食についてたずねる内容が最初の質問だった。これまで歴代13人の首相が、30人超の野党党首から都度都度質問を受けてきたが、45分間と限られた時間では、野党党首の数次第で持ち時間も短くなった。持ち時間が長く、一問一答が可能な予算委員会に比べ、多党化すればするほど、「言いっぱなし」になる側面もあって、最近は開催回数自体が減る傾向にある。
2012年11月の党首討論では、当時の野田佳彦首相が野党自民党総裁だった安倍晋三氏に直後の衆院解散を宣言し、その場にいた議員や私たちメディアもびっくりしたことはあるが、党首討論で語られる内容のニュース性も、だんだん減ってきているとも感じる。
この党首討論の設置を提唱したのは、自由党時代に連立政権にいた小沢一郎氏だった。先日、小沢氏に、最近の党首討論について話を聴く機会があったが、直近の5月20日の内容については、かなり辛辣(しんらつ)な評価だった。
この時は、高市首相が日韓首脳会談で訪れていた韓国から帰国直後だったこともあってか、6人中4人の野党党首が「お帰りなさい」「おつかれさまです」「どうかお付き合いを」と、ねぎらいの言葉をかけてから質問を始めた。中道改革連合の小川淳也代表は「破壊力のある笑顔」と述べ、高市首相が表情を崩す場面も。日本を代表した外交を終えたばかりの総理をねぎらう対応は、もちろんありだろうが、総理に討論を挑むという空気はあまり感じられなかったのも確かだ。
小沢氏も、こうした場面が念頭にあるのか「お世辞の言い合いみたいな。どうしたんだろうね。まったく無気力になってしまったな、本当に」と苦言を呈した。多党化の時代となり、45分では短いのでは?と疑問をぶつけてみると、「(あれでは)何時間やったって同じ。野党まで『追従』だものな」「不思議だな。もうちょっと、すかっとした党首がいてくれてもよさそうだけれど」と述べ、「お世辞を言っているようではだめ、それでは討論じゃない」ときっぱり指摘した。
今は「党首討論」という名称になっているが、小沢氏は当初、英国と同じ「クエスチョンタイム」を提唱したという。日本では与党は質問に立たないが、英国では与党が質問に立つケースもあるそう。討論の様子は生中継以外でも放送されるといい、小沢氏は「国民はそれを見て、今日は与党が良かった、野党が良かったと評する。そのためにはもっと(討論の映像を)流さないとだめ。(内容が)悪ければ悪いほど流した方がいい」とも述べていた。
国会の与野党の議論、また野党による質問のあり方は、「高市1強」の中で大きく変わった。かつては「文春砲」など週刊誌報道をもとに野党が首相を追及する機会は多かったが、週刊誌報道だけを根拠に質問することへの視線は、日に日に厳しくなっている。かつて国会で多くのスキャンダルを追及し、「爆弾男」といわれた元衆院議員の楢崎弥之助さんに約20年前、インタビューしたことがあるが、確かに、情報を入手してから質問するまで、ネタによっては3~4カ月かけて調べたと話しておられた。昭和の時代の野党議員の、時の権力を追及する本気度を実感したものだが、そうした空気は、45分間という枠が決められた中での党首討論では特に、出しにくい時代に入っているとも感じる。
野党から毎月1回は実施を求められている党首討論だが、今月は予定されていない。会期末となる7月は、45分の時間を延長した上で行う方向で調整されている。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


