30年ぶりの記録更新がかかる大一番には、約50社150人の報道陣が詰め掛けた。そんな中でも藤井は、ぶれることなく平常心を保ち続けた。「途中苦しく、何とか食いついて行った」と、苦しんだ対局を振り返った。

 普段は詰め将棋で終盤力を鍛えるほか、コンピューターソフトを駆使して、序盤~中盤の指し手を研究する。A級棋士の深浦康市九段(45)は「ソフトは桂の評価値が低い。藤井さんは早めに右桂を跳ね出して前線で拠点を築く。勝負どころで桂をうまく使った中原(誠十六世名人)先生とは違うが、序盤での桂使いがうまい。それが今風のスピード感につながっている」と分析する。この日は受けから左桂で反撃する展開。5歳上の相手増田に対し、最後はAIで鍛えた総合力を見せつけた。

 一方で、藤井は過去の古い将棋も勉強している。5歳から通い始めた地元愛知県瀬戸市の「ふみもと子供将棋教室」では、将棋ノートを書きだした。その中には、同じ愛知県出身のアマ強豪・故小池重明さんが、かつて大山康晴十五世名人と対局した棋譜もある。それぞれの場面場面で、自分が考えた次の一手をノートに書き込み、実際の指し手が自分の読みと合っていたのかをチェックしたほどだ。

 数々の偉大な棋士たちが残してきた打ち筋に、コンピューターを駆使した現代将棋の戦い方。この2本柱で、デビューから無傷の29連勝という前人未到の大記録を打ち立てた。「もっと実力を高めたい。タイトルを狙う棋士になりたい」。30連勝、31連勝…。勝ち続ければ、もちろん最年少タイトルも視野に入る。14歳が、長い将棋界の歴史の中で誰も経験したことのない、未知の世界に足を踏み出した。【赤塚辰浩】

 ◆竜王戦 全ての現役棋士、女流棋士4人、奨励会員1人、アマチュア5人が出場。予選はランクに応じて1~6組まで分けられ、勝ち抜き人数は1組から順に優遇。渡辺明竜王への挑戦権を懸けた決勝トーナメントに出場できるのは1組上位5人、2組上位2人、3、4、5、6組各上位1人の計11人。トーナメントの組み合わせもランク上位棋士ほど優遇される。優勝賞金は将棋界最高の4320万円。