囲碁界で7大タイトルを再度、全制覇した井山裕太九段(28)が、今年は「世界一」を目指す。昨年は国内で7冠復帰を果たすとともに、国際棋戦の「LG杯朝鮮日報棋王戦」で自身初めて決勝へと進出した。2月には謝爾豪(しゃ・じごう)五段(中国)との決勝3番勝負を控える。将棋の羽生善治竜王(47)とともに国民栄誉賞の授与が検討されている囲碁界のスーパーヒーローは18年、さらに上を目指して戦っていく。
7冠復帰は、ほかならぬ自分が一番、非現実的だと思っていた。昨年、そんなミラクルを井山は実現させた。棋聖、本因坊、王座、天元、碁聖、十段の6冠すべてを防衛。名人戦で挑戦者となり、10月に高尾紳路名人からタイトルを奪った。
井山 勢いのある挑戦者を待ち受けてタイトルを守り、失ったタイトルを奪還する厳しさや大変さは分かっていた。返り咲けるとは、考えてもいませんでした。
正直な心境だろう。さらに今年は、羽生と同時となる囲碁将棋界史上初の国民栄誉賞の受賞が予定されている。「28歳という年齢で、まだ実感がわかない」。長い囲碁人生の中でも最も輝かしい1年を過ごし、新しい年を迎えた。
中学生でプロ入り。天才と呼ばれながら、「とにかく強くなりたい」の一心で碁盤の前に座り続けた。その思いを強くしたのは、昨年3月、地元大阪で行われた「ワールド碁チャンピオンシップ」だった。日本代表として、中国代表のミ・イクテイ(21)、韓国代表のパク・ジョンファン(24)、そして近年急速に進化した人工知能(AI)代表の「DeepZenGo」と対戦。結果は3戦全敗だった。
井山 チャンスは多かったんですが…。悔しいと同時に、もっと強くなって勝ち切りたいと思いました。ハードルを高くせず、先を見すぎず、足元を固め、1局1局、1手1手をしっかり積み重ねていこうと思いました。
囲碁は5歳の時、父が買ってきたテレビゲームで覚えた。祖父に手ほどきを受け、半年でアマ三段になった。右利きながら、「左手を使うと脳にいい」と祖父に教えられ、左手で碁石を打つ。小2、小3と小学生名人になり、自分でも天職だと思い始めた。
井山 囲碁は打ちたいところに打てる自由なゲーム。切り替えの利く自分の性格が、囲碁に合っていたのかもしれません。
中1でプロになってからは対局と研究に大半を費やす毎日だが、たまにボクシングやサッカー、テニスなどのスポーツ観戦もするという。白か黒か。勝ち負けが明確になる世界に身を置きながら、息抜きも真剣勝負。根っからの勝負師だ。
28歳。海外の囲碁界では10代から20代前半がピークといわれる。だが井山はこれに反発する。
井山 私は“まだ”28歳。テニスの錦織圭さんや体操の内村航平さんと同い年です。彼らの世界では3年後はベテランでしょうが、日本で囲碁の打ち盛りといわれているのは40代から。ピークはまだ先です。私にも囲碁で分からないところがたくさんあります。それだけ伸びしろがあるということです。
同じ国民栄誉賞候補の羽生は、井山がデビューする前から今まで将棋界でトップを走り続けてきた。長くトップでいるためのお手本だ。29連勝の将棋界連勝新記録を達成した、15歳の藤井聡太四段の活躍にも刺激を受ける。
井山 若くてすごい人が下から刺激を与えるのはいいこと。(将棋に比べて)囲碁はマイナーな面がありますが(7冠復帰や国民栄誉賞報道で)知っていただくきっかけになった部分はあると思います。
井山にとって、18年は世界を見据えた年になる。日本では7冠という偉業を成し遂げても、常に世界は意識してきた。昨年11月のLG杯準決勝で、世界最強ともいわれる中国人の柯潔(か・けつ=20)を撃破。対局後「すごく興奮しています。自信になった」と、普段ポーカーフェースの28歳が珍しく、素直に喜びを表した。世界トップを決める3番勝負は、2月から始まる。
井山 私の求められている役割は、世界で結果を残すこと。やはり1手1手を、大事に打っていきたいですね。
国内での対局中心の将棋と違い、世界という舞台があるのも囲碁の特徴だ。井山は、国際棋戦では4年前にテレビアジア選手権という早碁を制している。だが世界標準の持ち時間3時間と、じっくり腰を据えて戦えるLG杯で勝ってこそ、「世界一」の価値がある。LG杯初制覇へ、着実な1手を放つ。【赤塚辰浩】